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思索

【教えて大森さん】パンピーの啓蒙って無理なんですか?

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中垣啓蒙って無理なんですか?

パンピーのみなさまごめんなさい

大森:でもさ、星野源とかよく頑張ってるよね。ラジオでもいろんな人をフックアップしようとしてるし。ただ啓蒙の可能性ってみんな信じたいんだけど、いまだかつてそれが成功したことってないよね

中垣:そうなんですよね。

大森:啓蒙ってほんと成功しないよね。なんか上手くいった例ってないのかな、好きなミュージシャンの好きなミュージシャンを辿るようなやつって既にそういうやつだしな…

中垣:そうですよね。それで言うとサカナクションは偉いと思うんですよ。NFってずっとやってるじゃないですか。

サカナクション NIGHT FISHING
Image: LIQUIDROOM

中垣がまさに設営した現場

NIGHT FISHING – LIQUIDROOM

大森:あー、NFは偉いね。

中垣:別に僕はサカナクションは好きじゃないですけど、彼らが前にティーンを集めたデイイベントをしたんですよね。そのとき、普段はバーになってるリキッドルームの2階で、出店を出してフランクフルトとか売ってたんですよ

LIQUIDROOM

大森:へー。

中垣:で、それにティーンが並ぶと。そんなのクラブの光景じゃないんですけど、でも確かにティーンにとっては祭りだよな、って思って。

大森:確かにね、なるほど。その辺サカナクションも星野源も、ノブレス・オブリージュなところあるよね

ノブレス・オブリージュ – Wikipedia

中垣:まさにまさに。

大森:かと言って、それがむちゃくちゃ上手くいってるかというとそうでもないじゃん。サカナクションきっかけにテクノにハマった人なんて見たことねえよ、って。

中垣:もしそこからはまるとしても、それはいずれにせよどこかではまったであろう人で。

大森:そうそう。啓蒙可能性な…感じたことが全くないんだよな

中垣:でもコロナになったらみんなマスクは着ける。

大森:え、どういうこと?

中垣:なんかこう、コントロールしての啓蒙はできないけど、危機的な感覚を共有できたら案外みんなするっていう

大森:あー、なるほど。それで言うとさ、参考にすべきはバブル期ちょっと前の、浅田彰がめちゃくちゃ売れてた、人文系の本が売れてニューアカが流行った時期、あれはひとつのモデルだよね。

浅田彰(1983)『構造と力』勁草書房
Image: Amazon.co.jp

浅田彰(1983)『構造と力』勁草書房

構造と力 – Wikipedia

ニュー・アカデミズム – Wikipedia

中垣:そうですよね。

大森:あれはそれこそさ、文学全集が家にあるのがかっこいいとか百科事典が家にあるのがかっこいいとか、そういう、見栄っ張りがきっかけだとはしても謎に教養主義が日本に根付きかけていた時代なわけで、それをもう一度取り戻すことは不可能なのかっていう

中垣:あー。

大森:でもそれって、やっぱり欧米に対する強烈なコンプレックスがないときついよね、とも話していて思うな…

中垣:うーん。

大森:『文化系のためのヒップホップ入門』って本を書いてる大和田さんって人、あの人が東大で教えてたんだけど、サバティカルか何かでコロンビア大に行ったときにびっくりしたって言ってたのが、図書館に行ったらみんなデカルト読んでたらしくて。

長谷川町蔵・大和田俊之(2011)『文化系のためのヒップホップ入門』アルテスパブリッシング
Image: Amazon.co.jp

長谷川町蔵・大和田俊之(2011)『文化系のためのヒップホップ入門』アルテスパブリッシング

中垣:へー。

大森:で、「コロンビア大の学生みんなインテリ過ぎね?」って思って、その話を同僚にしたら「それ必修だからだよ」って言われたらしくて。

中垣:笑

なんやねん

大森:文系も理系もみんな必修の授業として、夏学期に哲学やって冬学期に文学をやるらしくて。そういう教養主義が振りかざされる価値観、あれは何なんだろうね。

中垣:そういう、かつてあったスノッブっぽい雰囲気って、もちろん悪い面もかなりあるんですけど、一方で文化の一翼を担っていた感じはあるのかなって

スノッブ – Wikipedia

大森:そうだよね。

中垣:それを考えても、現在の中流至上主義というか、免罪符が氾濫してる感じはちょっとな…って。

c 不誠実な中流根性

大森:なんかさ、一般庶民が自分の手の届かないものに価値を認めるっていうのが大事なのかもね。要は浅田彰の本が売れてたのもさ、たぶん買った人のほとんどは読んでも理解できないわけじゃん。

大森:でも、分かんないなりになんかすごいっていうのをみんなで共有してた感じがあったわけで、自分に分からないものには価値は無いとか、自分に買えないもの、すげえオーバースペックなものには価値が無いと思っちゃうよりは、そこに価値を認められる社会の方がいいよなとは思う

c 自分を過小評価してはいけない

中垣:逆に今みたいな、要は自分にフィットしてるものを享受している状況ってきっと心地いいというか、安心感はあるんでしょうね。

大森:だからあれじゃない、これは今思ったんだけど、よりハイなものに価値を認めるっていうのは、日本が高度経済成長期で傾きが右肩上がりだったから、これが行き着く先には何かすごいものがあるっていう期待があったからこそで、世の中全体が横ばいだと、そこで永遠に手の届かないものに価値を見出しちゃうと辛いから、そんなん無視しちゃう。そういう次元の話なのかもしれないなって。

中垣:しかも僕らが生まれ育った時代って、ジャパンアズナンバーワンが隅々まで行き渡った最後の瞬間みたいな時代だから、自分が今いるポジションはすごくいいところなんだっていう謎の安心感もあったのに、そこから逆に傾いていったものだから…

エズラ・F・ヴォーゲル(1979)『ジャパンアズナンバーワン』CCCメディアハウス
Image: Amazon.co.jp

c エズラ・F・ヴォーゲル(1979)『ジャパンアズナンバーワン』CCCメディアハウス

大森:おれのさっきの話の念頭にあったのは、似たような話として、洋服の品質が下がってるって話があるじゃん。本当に良い品質のウールの生地はもうこの世に存在しない、みたいな。

中垣:はいはい。

大森:それこそ今日話したいと思ってたんだけど、このあいだ熊本に行ってパーマネントモダンに寄ったの。知ってる?

PERMANENT MODERN

中垣:いいえ。

大森:前にさ、シップスとかビームスとかの創業が同じ時期だって話してたじゃん。それと同世代で今はパーマネントモダンっていう店をやってる有田さんって人がいて、彼もセレクトショップ第一世代なのね

c 『AMETORA』に学ぶ、戦後日本のファッションシーン

中垣:ほー。

大森:その時期、東京に3つの有名なセレクトショップがあった中で、なぜか熊本にも1つあったと。で、その人の店に行って話を聞いて、そこで1940年代にアメリカ軍の事務職の女性が着てたスラックスみたいなのを買ったんだけど、有田さんは物に対する情熱が半端ないからめっちゃ商品説明してくれるわけ。

中垣:はいはい。

大森:その中で「本当にいいウールはもうない」みたいな話はしてたし、「当時のオールデンに比べると今のオールデンたるや…」みたいなことも言ってた。

オールデン ラコタハウス
Image: THE LAKOTA HOUSE

ALDEN – THE LAKOTA HOUSE

中垣:あー、そういう系多いですよね。

大森:「最近のオールデンの新品とか見るとねぇ…」って。「カップインソールが全然丸みを帯びてねえんだよ」みたいなことを言ってた。

中垣:笑

大森:そういう、トップオブトップのクオリティのものが世の中から消えている問題ってあるじゃん。そこに誰も希望を抱いていないというか、世の中が右肩上がりじゃないとそこに期待なんてできないっていう。そういうことなんじゃない?

中垣:まあ確かに、そういう説明はありそうですね。

ところで中垣のウェストンがどこに行ってもオールデンに間違えられるのはなんでなの?

大森期待感のないところでは高級なものが認められないんだよ

中垣:まあね、そうですよね。

大森:プロレスとかの文脈でもよく言われるみたいなんだけど、にわかファンってすげえ大事って話があってさ、最近になってV字回復気味らしいけどそれまでプロレスの人気ってずっと下がり続けていて、それにはコアファンがにわかファンを排除してきたっていう歴史があるらしいのね。おれもあんまりよくは知らないんだけど。

中垣:はいはい。

大森:だからにわかファンをいかに取り込むかが大事っていう話はあって、浅田彰の『構造と力』をよく分からないけど買ってみる人がいるっていう、それが文化を豊かにするっていうのはあるんじゃない?

大森:おれはトラヴィススコットのトラックはすごいと思うんだけど、やっぱりトラックがすごいだけではダメで、リリックがおもしろくて初めて売れるっていう

中垣:そうですね。

大森やっぱり啓蒙は無理だから、二重構造を作り出すしかないと思うんだよね。それこそiPhoneはデザイン的にも優れてるんだけど大阪のおばちゃんも持ってるわけで、どうやってそれを作り出すかって、誰にでも認識できる価値と真に優れた価値の両方を用意しておくっていう

中垣:そうですよね。

大森:そうやって二段構えにするしかないし、そこはみんな分かってることで、星野源だって絶対にそうやって音楽作ってるよね。メロディーは日本人の趣味に寄せつつ、中音が豊かで、スマホのスピーカーで再生してもそれなりによく聞こえるようにして、とはいえアメリカでも通用するように低音も入れ…みたいなさ。そういう仕掛けを作るしかない。

2020年9月10日
Aux Bacchanales 紀尾井町