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TOKYO ファッション 学ぶ

『AMETORA』に学ぶ、戦後日本のファッションシーン

4 years

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中垣:おもしろい本を買ってん。ちょっと前に話題になっててんけど、『AMETORA』って本で…

松田:はいはい。

中垣:ざっくり言うとアメリカ人が日本のアメトラについて書いた本で、最初はただそれだけの本やと思っててんけど…

松田:はいはい。

中垣アメリカのファッションがいかにして日本に根付いて、それが勝手に進化してアメリカに逆輸入されるまでになったかを辿る本で

松田:はいはい。

中垣これがめちゃめちゃおもろいねん。今週買ってんけど、もうほとんど読み切ってん。ほんまにおもろい。

倉留:笑

松田:へー。

デーヴィッド・マークス(2017)『AMETORA』DU BOOKS
Image: Amazon.co.jp

デーヴィッド・マークス(2017)『AMETORA』DU BOOKS

中垣著者のデーヴィッド・マークスって人は大学のときの研究分野がこっちで言う表象文化系やったっぽくて、2000年前後に講談社のホットドッグ・プレスの編集部とかでインターンしてて、そのときにおもろいブランドがあるらしいって知り合いに連れて行かれたのがベイプで、せっかく行ったのに入店制限で何も買えなくて、出直してもう一回行ったらめっちゃ並んでなんとか買えたっていう話があって。

17歳のときにはじめて日本に3週間のホームステイをしたのが、日本との最初の関わりです。そしてハーバード大学東洋学部に入学し、主に日本の文化や社会について学びました。当時、アメリカで Cornelius  (コーネリアス) をよく聴いていたこともあり、日本の音楽にとても関心を持っていました。そして1998年に日本に戻り3ヶ月間のインターンシップを講談社でやることになり、当時はまだあった『Hot-Dog PRESS (ホットドッグ・プレス)』や『Checkmate (チェックメイト)』の編集部で働いていました。そのころちょうど裏原宿系が日本でブームになりだしていて、僕は『猿の惑星』がプリントされているTシャツが、A Bathing Ape® (ア ベイシング エイプ) のモノだと知って、A Bathing Ape® のお店に買いに行ったら、「人数制限のため今日はもう入れません」と言われてしまい、なんだかよく分からずに翌日もう一度買いに行ったのですが、お昼頃に既に100人ぐらいがショップの前に長蛇の列をつくっていました。結局、3時間ぐらい並んで、5,800円ぐらいの T シャツをやっと手に入れました。T シャツなんてアメリカの Gap(ギャップ)で買ったら2,000円で手に入るのに、日本では3時間待った上に5,800円もするなんて。。。そこにカルチャーショックを覚えました。

Source: the fashion poost

ファッションジャーナリスト・W. David Marx (デーヴィッド・マークス) インタビュー – the fashion post

ハーバード大学東洋学部卒、おれらより日本に詳しいまである

松田:はいはい。

中垣:その話を大学の教授にしたら「君の論文のテーマはそれで決まりだね」って言われたらしくて。

松田:笑

中垣:彼ね、大学は修士まで行ってて、かなり学がある人やねんな。参考文献もすごいあるし、話の出典もちゃんと明確で

松田:はいはい。

中垣:〇〇っていう雑誌の何年何月号の何ページにこういう記載があって、みたいな。しかもこの人は物語の構成力もすごくて、あくまで事実に基づいた話なんだけど、「こういうのが流行ったけど、実はその背後ではこういうやつらが出てきてて、知らないあいだに逆転が起こりつつあって…」みたいに、うまいこと物語調に描かれてて、それがすごいおもしろくて

松田:なるほどね。

中垣:で、最初はただのアメトラの本やと思ってたって言ったけど、決してそうではなくて、もっと幅広く網羅してんねんな。

松田:ほうほう…?

中垣:この本の話はまず明治維新から始まるねん

松田:笑

中垣:ほんでVANの創業者の石津謙介について、元々岡山の紙問屋の生まれで、友達が中国の天津で仕事してるからってそこに行って、そこの租界で西洋人向けの服飾の仕事をしてたみたいな話があって…

髪の毛を剃って入隊し、海軍武官という比較的楽なポジションに就いた石津は、高品質の英国産ウールを使った豪華版の制服をオーダーした。そしてグリセリンの工場を管理する仕事を与えられた彼は、その設備を一新し、パリのスパイスで香りをつけた透明な石鹸をつくりはじめた。

Source: デーヴィッド・マークス(2017)『AMETORA』DU BOOKS

おしゃれと放蕩の権化

石津謙介 – Wikipedia

松田:うんうん。

中垣:そこから戦後日本に帰ってきて、今アメリカのアイビースタイルがイケてるらしいってなって、ブルックス・ブラザーズの一番最初の型って言われてる3ボタンのスーツがあるねんけど、それを真似て作ったのがVANジャケットの始まりです、みたいなところまで、既に結構なページを割いてるねん。

ヴァンヂャケット – Wikipedia

VAN

松田:へー。

中垣:で、戦後のお金がない時期にファッションみたいな価値観はありませんでしたって話から始まり、VANジャケットの話もあり、最後の方にはnigoとかエンジニアード・ガーメンツも出てくるし…

ENGINEERED GARMENTS

c ユニクロという服屋

松田:へー。

中垣:途中には渋カジの話が出てきたり、クリームソーダの話も出てくるねんな。

迷って買わなかった当時の自分を蹴飛ばしたい

松田:はいはい。

中垣:おれ、あのブランドについてよく知らんかってんけど、なんか70年代くらいに流行った、ツッパリスタイルにも通じる50’sっぽいスタイルを生み出したブランドらしくて。

松田:へー。

中垣:それこそ、矢沢永吉がやってたキャロルっていうバンドともすごい仲良かったりとかするらしい。

矢沢永吉(2004)『矢沢永吉激論集 成りあがり』角川文庫
Image: KADOKAWA

矢沢永吉(2004)『矢沢永吉激論集 成りあがり』角川文庫

松田:はいはい。

中垣:そういう話も出てきたりとか、ほんまに視野が広い。で、日本のファッションは途中まではアメリカを模倣しててんけども、いつからか模倣じゃなくなってきて

中垣:『TAKE IVY』って有名な本があるやんか、あれが出た時点では日本ではアイビーが誤解されてたらしいねん。金ボタンの紺ブレにチノパンにボタンダウンシャツみたいな、そういういかにもなスタイルを日本人は想像してたのに、実際のアメリカの大学は全然違くて…

林田昭慶(2010)『TAKE IVY』ハースト婦人画報社
Image: Amazon.co.jp

林田昭慶(2010)『TAKE IVY』ハースト婦人画報社

松田:はあはあ。

中垣:実際はみんな適当にスウェットとかハーフパンツとかスニーカーって感じで、アメリカの実態と日本での認識にはだいぶ時差があったらしいねんけど、それがだんだん縮まっていって、追いついたのが大体1980年くらいやと

松田:はいはい。

中垣:BEAMSができたのもちょうどその前後やねん。BEAMSができたのが1976年で、POPEYEの創刊も同じ年で。その頃は為替が変動相場制になったのもあって、日本からアメリカに行きやすくなって、情報を得るためとか物を買い付けるために、日本人がアメリカに行くようになってたらしいねんな。

変動相場制 – Wikipedia

松田:うんうん。

中垣:それが1970年代後半で、そこから今度はアメリカを追い越すようになって、そこから生まれたのが渋カジとかやねんな

松田:うんうん。

中垣:渋カジなんて、アメリカ人からしたら全然意味わからん合わせ方をするわけ。レッドウィングにリーバイスのブーツカットに白Tにゴローズにバンソンの革ジャケットみたいな。全部アメリカの物やけど、そんな格好してるやつアメリカにはいないわけ

増田海治郎(2017)『渋カジが、わたしを作った。』講談社
Image: Amazon.co.jp

c 増田海治郎(2017)『渋カジが、わたしを作った。』講談社

松田:はいはい笑

中垣:っていうのがあって、それと同じくらいのタイミングでDCブランドブームがあるわけやん。ギャルソンとかヨウジとか。

COMME des GARÇONS

Yohji Yamamoto

c ギャルソンの服ちょっといいよな

松田:うんうん。

中垣:そこら辺から日本独自のファッションアイデンティティが生まれ始めて、日本のファッションはイケてるんだみたいな自身と、アメリカのアイテムを独自解釈してきたみたいな土壌があって、そこで初めてベイジングエイプが出てきたっていうわけ。

Bathing APE

松田:うーん、おもしろ過ぎる本やな。

倉留:笑

松田:中垣からの伝聞でこのおもしろさなら、読んだら絶対おもしろいやん。

中垣:いや、ほんまにやばいねん。まじですごい。全員読んだ方がいいよ

聞いた? アフィリエイトリンクでの販売数がPV数より少なかったら怒るよ?

倉留:笑

中垣:おれさ、今までアイビーとかアメトラがいつの時代のファッションなんかよく分かってなかってん。

松田:はいはい。

中垣:50年代後半から60年代くらいにVANが出てきたのが第一波で、一時期は廃れたりもしてんけど、Made in U.S.A カタログが出て、西海岸とかナイキとかカレッジのスウェットみたいなリアルアメカジっぽい服を経て、80年代にもう一回アイビーというか、プレッピーが出てきたと。おれはそれがアイビーとかアメトラの最初やと思っててんな。

POPEYE Made in U.S.A
Image: ヤフオク!

松田:うんうん。

中垣:その辺についてもちゃんと知りたいなと思って読んでんけど、それどころじゃなく細かく書いてたね。ところで昨日、1982年のPOPEYEをマグニフに行って買ってきてんけど…

magnif マグニフ / 雑誌バックナンバーの古書店

昨日は木曜日ですけど仕事はどうしたんですかね

松田:えらいな。

中垣:これがPOPEYE初の東京ショップ特集なんじゃないかと思うねんけど、このインポートってところに時代が出てるねん、「ノりにノってる<ビームス>が、去年の12月に待望の渋谷店をオープンした」とか。

『このSHOPとこのヒトがいるから街は楽しい。』(POPEYE 1982年 4月号)マガジンハウス
Image: commmon

松田:笑

中垣:で、実はハリウッドランチマーケットはこの時からある、とか。

株式会社 聖林公司 | SEILIN & Co.

『このSHOPとこのヒトがいるから街は楽しい。』(POPEYE 1982年 4月号)マガジンハウス
Image: commmon

松田:ほー。

中垣:あとこのミウラ&サンズっていうのは、BEAMSができるより前からアメリカ物をインポートしてた店やねん。元々アメリカ物をインポートした店っていうのはアメ横にしかなくて、それをファッショナブルな物として若者の街で置いてた店は全然なかったと。

『このSHOPとこのヒトがいるから街は楽しい。』(POPEYE 1982年 4月号)マガジンハウス
Image: commmon

松田:はあはあ。

中垣:それで若者の街にもアメリカ物を置いたらええんちゃうかって思ったんが、今のUAの会長の重松さんと、ビームスの設楽さんの親父で。

松田:はいはい。

中垣:でもその前からあったのがこのミウラ&サンズってお店で、これが今のSHIPSやねん

松田:ほーん。

中垣:だからセレショ御三家って言うのにはやっぱり理由があるねん。あとこのキャンプスっていうのも当時アメリカ物を置いてたお店で、80年代初頭にアメリカ物を買うってなったら、渋谷の神南にあるキャンプスとBEAMSとミウラ&サンズに行けばいいっていう感じやったらしい

『このSHOPとこのヒトがいるから街は楽しい。』(POPEYE 1982年 4月号)マガジンハウス
Image: commmon

松田:へー。

中垣:しかもこれおもろいんは、ゴローズとかも載ってるねんな。

『このSHOPとこのヒトがいるから街は楽しい。』(POPEYE 1982年 4月号)マガジンハウス
Image: commmon

今やおっさんの既得権益でしかない

松田:へー、ほんまや。「レザークラフトだけと思ったら大間違い」ってあるけど、確かゴローズって最初はレザークラフトから始まったんやんな。

中垣:あ、そうなんや。

倉留:へー。

松田最初はカービングベルトを作ってて、それを中田商店に置いてもらったのがキャリアの始まりのはずやねん

中垣:そうなんや。

倉留:へー。

中垣:しかもこれ地味に好日山荘とかも載ってて、このときはここにしか店がなかったっぽい。「銀座に<好日山荘>あり、といわれて半世紀近くになる」って。

『このSHOPとこのヒトがいるから街は楽しい。』(POPEYE 1982年 4月号)マガジンハウス
Image: commmon

松田:今でも銀座に好日山荘あるよね。並木通りのルイヴィトンの近く。

中垣:あ、そうなんや。

松田:結構ええ場所にあるで。

中垣:あとさ、そこにテイジンメンズショップってあるやん。たぶん素材メーカーの帝人やと思うねんけど…

TEIJIN MEN’S SHOP

TEIJIN

松田:うんうん。

中垣:あれなんやねんと思っててんけど、あれがVANの旗艦店やったらしい

『このSHOPとこのヒトがいるから街は楽しい。』(POPEYE 1982年 4月号)マガジンハウス
Image: commmon

松田:へー。

中垣:このときはまだトラディショナルの老舗として載ってる。そういう80年代のショップ事情って、もちろんこの本にも描かれてるし、あとはビームスFのディレクターの中村さんのブログにも書かれてるな

ELEMENTS OF STYLE BEAMS 中村達也 – アメブロ

松田:あれやんな、ラコステ超好きな人やんな。

中垣:あー、そうそう。フレラコが大好きな人。あの人が87年入社で、僕が学生の頃は渋谷のBEAMSとミウラ&サンズとチャンプスに行ってたって言ってて、やっぱりどうやらそうらしいねんな。

松田:へー。

中垣:あとこの辺の本を見てて思うのが、最近出てきたアイテムと勘違いしてた物が実は昔からあるとか、逆に昔からあると思ってた物が全然ないとか

松田:はいはい。

中垣:エスパドリーユとか、当時から全然あるっぽいねん。

松田:笑 セレオリが生み出した人造トレンドアイテムやと思ってた

中垣:トップショップとかで買えるパンピー靴やと思っててんけど、実は当時からあったっていう。

倉留:笑

中垣:逆にオールデンは載ってないねん。

松田:へー。

中垣オールデンは実はBEAMSが見つけてきたらしいねん、そういう靴があるらしいって。

松田:えら過ぎるな。

中垣:あとはPOPEYEってすごいなと思ったな。なんか一時期は死んでたけど、リニューアルしてからのPOPEYEってこのときのコンセプトしっかり引き継いでるねんなって

『POPEYE』2012年7月号, マガジンハウス
Image: Amazon.co.jp

リニューアル直後のこの号超好き

『POPEYE』2012年7月号, マガジンハウス

松田:はいはい。

中垣:POPEYEのバックナンバーもいろいろ見たけど、タイトルの付け方も似てるし、特集の組み方も似てるねん。お前全然服紹介せんやんけ…みたいな号があるとか

松田:笑

2020年8月28日
Aux Bacchanales 銀座


デーヴィッド・マークス(2017)『AMETORA』DU BOOKS
Image: Amazon.co.jp

『AMETORA』からの一ページ。戦後アメリカから輸入されたスタイルが日本人による独自の解釈と評価により新しい文化に発展していく様を、資料と取材に基づく隙のないアプローチと、読みやすい文章と構成で描く名著。著者のデーヴィッド・マークスは、ア・ベイジング・エイプのTシャツを3時間並んで手に入れた経験から「裏原」をテーマに卒論を書き上げ、以降社会現象としてのクロージングへの興味に基づき、様々な媒体で執筆を行っている。
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