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アマルティア・センの『不平等の再検討』

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松田:ずっと前にみなとに教えてもらった、アマルティア・センの『不平等の再検討』ってあるやん。

アマルティア・セン(2018)『不平等の再検討 潜在能力と自由』岩波現代文庫
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アマルティア・セン(2018)『不平等の再検討 潜在能力と自由』岩波現代文庫

みなと:うん。

松田:あれ最初読んだとき、訳語のあて方のセンスがおれの知らんそれというか…そもそものタームが一義性に厳密だからこそ、元の言葉と訳語とのニュアンスのギャップには目をつぶって、かなり記号的に訳語をあてるやん

みなと:そうだね、分かるよ。

松田:そのせいでなんか、判断留保的に読んでいくと途中から日本語の持つ意味に引っ張られて文脈が分からなくなって、筆者が何を主張してるのかが分からなくなる感じがあってん。それに馴染めずに一回挫折してんけど。

岩波の青ばっか読んでるとそうなる。白も読みましょう

みなと:確かに、アマルティア・センに限らず…まあ経済学以外の専門書を読んだことがないから分からないけど、経済って全般に言語使って数学やってるみたいなところあるよね

松田:そうそう、めっちゃそういう感じやった。「記号論理学かな…?」って。

みなと:笑

野矢茂樹(2019)『論理学』東京大学出版会
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野矢茂樹(2019)『論理学』東京大学出版会

松田:例えば capability を「潜在能力」って訳す感じとかがまさにそうで、日本語のまま潜在能力っていう気持ちで読んでると、日本語の持つ意味に気持ちが持っていかれちゃうねんな。

みなと:そうだよね。

松田:あとは well-being を「福祉」って訳すのも結構際どいと思うねんな。

みなと:あー、そうだね。僕が読んだときは英語版もあわせて買って、対照させながら読んだ記憶がある。well-being を福祉って訳してるのは僕もしっくりこなかったわ

「適切な訳語が無いので X と呼ぶことにします」とかにしてほしい

松田:でも内容自体には興味があって、最近また読み始めたのね。心理的な特性によって定義される個人の効用によって well-being を測るのに対して、capability によって well-being を測ってみましょうっていう対立、確かにこれってちょっとしっくりくるかもと思ったわけ。

潜在能力と効用の違い

様々な機能によって構成される空間ーそして機能を達成する潜在能力ーに焦点を当てるということは、所得や富や幸福などの変数にのみ着目する従来の伝統的なアプローチとは本質的に全く異なったものである。人間の多様性は、平等や効率性や正義を評価する時に異なった「情報的基礎」に焦点を当てることから生じる本質的な対立と密接に関連している。

特に、成果を達成する潜在能力によって平等や効率性を判断することは、標準的な功利主義のアプローチとも異なるし、他の厚生主義者の定式化とも異なる。一般的には厚生主義、中でも特に功利主義は、快楽や幸福や欲望といった心理的特性によって定義される個人の効用にのみ究極的な価値を見出す。これは個々人の優位性を次の二つの方法によって取り入れた制限の強いアプローチである。その方法とは、(一)自由を無視し成果にのみ注目すること、(二)心理的尺度によって測れないような成果を無視することである。効用が個人の福祉を表す限りにおいて、この手法は極めて限定的に福祉を説明するに過ぎない。そして、それは「福祉を追求する自由」やその他の目的に対して直接注意を払うこともしない。

Source: アマルティア・セン(2018)『不平等の再検討 潜在能力と自由』岩波現代文庫

松田:これを自分に照らすとさ、自分の今の生活は前者の意味での well-being は底中の底なわけ。

フローリングに寝袋で寝る日々

みなと:笑

松田:食事はパンとプロテインとビタミンの錠剤だけ…みたいな。狭義の効用に基づいて判断するならこれは超不幸なんだけど、一方で自分は今の生活を選ぶにあたって、それ以外の選択肢は取り得るものとしてなお切ったという認識があるわけ。

松田:てか capability ってこういうことでいいよね?

みなと:そうそう、それに近いね。

全盲の人とそうでない人がそれぞれ弁護士資格を取った場合、その成果は同じでも、前者の方がより限られた capability の中でそれを達成したと言えます。

松田:そういう点では自分はなお恵まれていると言えて、確かにそういう不平等ってあるんだなと

みなと:うん。

松田:あるいは、先ほどの対立のうち前者の仕方で判断して豊かだとされる人と比べても、実は今の自分の方が豊かであるとも言い得ると。もちろん、こう言うことで自分を肯定したいというよりは、シンプルにそういう well-being の測り方って結構いいなと思ってんな

みなと:うんうん。

松田:し、わりとスムーズに内在化できそうな考え方であるからこそ、一度自身の思考の体系に組み込んだ上で、再び理論として積極的に行使できるようになりたいという気持ちがあって読み始めました、そういう話。

みなと:なるほど。

松田:で、今日みなとと話したかったのは、まず capability ってそういう意味内容ですよね?っていう確認がしたくて。

みなと:あー、そうだね。

松田:あとさ、『不平等の再検討』の中で出てきた「効用」の意味についてやねんけど、心理的特性によって定義される効用っていうのは狭義の効用なん? それとも効用って言葉が使われる場合、一般的にそういう意味なん?

みなと:えっとね、経済の意味で使われる効用っていうのはそれに近くて…

効用 – Wikipedia

松田:計数的な、交換可能な感じ?

みなと:…うん、幸福感みたいなものとは違うな。幸せとか嬉しいとかとは違って、でも交換可能というよりは…

松田一主体の中で比較可能な感じ?

みなと:そうそう、比較可能性はあると思う。例えば効用関数と予算制約線っていうのがあるけど、一定の予算の中で財Aと財Bを求めるときの効用を考える場合にはそれぞれの数量を増減させるし、そういう意味では今言ったように比較可能な感じはあると思う。

松田:なるほどね。

みなと:あとはアマルティア・センの場合は、それこそ『不平等の再検討』もそうだし、僕の印象に残ってる本で『経済学と倫理学』っていうのがあるんだけど、それも関数とか使わないで丁寧に説明してくれてるって感じがある。

アマルティア・セン(2016)『アマルティア・セン講義 経済学と倫理学』ちくま学芸文庫
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アマルティア・セン(2016)『アマルティア・セン講義 経済学と倫理学』ちくま学芸文庫

松田:知らんけどさ、彼ってたぶん、ハートフルなバイブスの人やんな

みなと:あ、そうそう。基本的にはハートフルで、『経済学と倫理学』も結構しっくりくるところがあった。その本では、経済学の領域には数学的な領域と倫理的な領域があってその二つに明確に二分されてしまっているのが現状だけど、それはよくないので頑張ってこうしましょうっていうのが無限と書いてあったんだけど。

松田:はいはい。

みなと:そもそもアマルティア・センは数学的な素養もかなりある人で、『不平等の再検討』のベースになってる本は数式だけで書かれてたりするんだよね。そういう数学的な経済学のこともよく知っている人で、逆にそれをいかに倫理的な領域に応用していくかに力を割いていて、その辺がまあ評価されているというか、おもしろい点だなと

松田:ほーん。

みなと:自分も読み直さないとね。今の説明もかなりざっくりしてたし、スムーズに言葉が出てこない。

松田:まあまあ。とは言えおれは経済の文脈においては無知も無知やから、今の話だけでも得るところは大きいよ。

松田:それこそ最初手に取ったときの絶望と言ったら。だから、おおよそこういう構造の主張なんだろうけど、それでほんまに間違ってない?という確認が多少取れるだけで全然違うねん。

サンキュー

2020年9月11日
Aux Bacchanales 紀尾井町


アマルティア・セン
HeaderImage: THE NEW YORKER

アジア初のノーベル経済学賞受賞者、アマルティア・セン。
人の福祉(well-being)を表す様々な状態や行動を指す「機能」の集合として「潜在能力(capability)」という概念を提案した。所得や効用や資源などは人の福祉の手段や結果を表すものであり、人の福祉そのものとの間にギャップを生じるため、センは人の福祉を直接表す「機能」に注目した。

Amartya Sen’s Hopes and Fears for Indian Democracy