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思索

バナナとiPhoneの相似に見出す人間の本質

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中垣:農業について思ってることがあって。農業というか、作物?植物?

松田:はいはい。

中垣このあいだスーパーに行って野菜見て感動してん、「野菜すげぇ」って。

松田:はいはい。

中垣:だってこれ、勝手に育つわけではないにしろ…でもそれこそバナナは自生するし、「まさに天の恵みじゃないか」みたいなことを思ったわけですよ

松田:笑

とある商社の海外駐在先についての資料には「この地域はバナナが自生しているので治安はそこまで悪くない」という記述があってですね…

中垣:そのときは普通に感動して、確かに、「文明を捨てて自給自足で天の恵みに感謝勢」みたいなんがいるのは分からんではないなというか、昔の農業してた人ってお天道様って言うけど、そう思うのもまあもっともですねと。

松田:はいはい、そうね。

中垣:とは思ってんけど、大事なのはここからの話で、しかしやはり現代文明を捨てて自給自足って、それはそれで違うなと思うわけ

松田:うんうん。

中垣:と言うのはですよ、野菜に神秘を感じるのであれば、質的にはiPhoneにだって神秘性を感じていいわけですよ。iPhoneだって地球のマテリアルからできてるわけやし。

iPhone 3GS
Image: TECH HUB

松田:間違いない。

中垣人工と自然みたいな区別がそもそもナンセンスで、アマゾンの奥地とかのウィルダネスとしての自然ならともかく、人間が育てたトマトとかキャベツは自然じゃないわけ。

松田:うんうん。

中垣:で、iPhoneっていうのはそのトマトとかキャベツの延長線上にあるわけで、人間が地球上のリソースを使って自分達の生活にフィットしたものを作り出したという点においては同じなわけ

松田:うんうん。

中垣:って考えたときに、もちろん野菜を見て天の恵みには感謝するんだけど、同じ感謝をiPhoneに感じないのはおかしいわけ。あるいは人類の叡智に感動すべきだと言ってもいい、その場合は逆にトマトとかキャベツにもそれを見出さないとあかんねん。

松田:はいはい。

中垣:動物は野菜を見てもただ食うだけやからね。作物を見て「これはすげえや、もっと作ろう」って思う時点で、これはすごく人間的なことやねん。

松田:はいはい。確かにiPhoneと同じく野菜がすごいっていうのはまさにその通りやと思うな。

中垣:うんうん。

松田:つまり、バナナでもなんでもいいけど、そこには遺伝情報という形での知識の蓄積があって、それらが体系的にひとつの成果に結実しているわけよ

中垣:うんうん。

松田:この点において、つまり新たに生み出された妥当性のある知識がひとつに総体化されている点において、バナナとiPhoneは全く同じなわけ。その意味においてバナナもiPhoneも超神秘。

c 子供を作る意味

中垣:そうやね。唯一の違いはiPhoneは地球には生えていない、それは間違いないんだけれども、とはいえ農耕を始めた時点でiPhoneの誕生は不可避だったというか、人間はそういう生き物やと思うねん。だから現代文明を捨てて自然に立ち返って自給自足みたいなのはおかしくて。

デイヴィッド・ドイッチュ(2013)『無限の始まり ひとはなぜ限りない可能性をもつのか』インターシフト
Image: Amazon.co.jp

今回の記事の内容は、全面的にこの本の下位下位下位互換です

デイヴィッド・ドイッチュ(2013)『無限の始まり ひとはなぜ限りない可能性をもつのか』インターシフト

中垣:もちろんそうしたいのなら勝手なんだけれど、それは別に人類の文明を否定するとかではなくて、自分的にはこれくらいがしっくりくるっていうだけの話やねん。

松田:あー、そうやね。要は一般的な意味でのネイチャーの恵みたいなやつと文明の所産って、非連続なものでは全くなくて、非常に滑らかにつながってると思うねん。

中垣:そう。

松田:だから両者に本質的な違いはないねん。ロハスな生活をするのであれば、それは本質的な選択ではなくてただの程度問題やねん

中垣:そうそう。結局我々は猿に立ち返ることはできないわけですよ。

松田:そうやね。

中垣自然に生えてるものをそのまま食べずに工夫を凝らしてる時点で、それは人間やねん。ロハスとか言いながら畑を耕すのなら、「これがiPhoneを生み出した人間の罪なのね…」とか思いながら畑を耕さないとあかんねん。それはもうiPhoneに向かってるねん

松田:それはすごく思うな。だからおれ、豊かさを志向しない価値観がすごい嫌いやねん。

c 子供を作る意味

中垣:うんうん。

松田より豊かになることを否定したら、原理的には人間以前のアメーバまで戻るしかないねん

人類の進化を遡るとアメーバがおるんかについてはよく知らん

中垣:そうそう。もちろんそう言うのは自由だし、その上で自分に見合った程度のものを選択するのも自由なんだけど、でも豊かさを志向すること自体は、人間がそういう生き物やねん。そこは認めなくてはいけなくて

“Strive for perfection in everything you do. Take the best that exists and make it better. When it does not exist, design it.”

– Sir Henry Royce

Source: goodreads

松田:うんうん。

中垣:前にもちょっと話したけどさ、もし縄文人の赤ちゃんを拉致って現代に連れてきたらその子は現代人に育つし、現代の赤ちゃんを拉致って縄文時代に連れて行ったらその子は縄文人に育つねん。

まあ知らんけど

松田:うんうん。

中垣:これはたぶんほんまにそうやん。で、これが何を表しているかって…

松田フェイズが違うだけで、両者とも本質的には同じことをしてるよな

中垣:そうそう。縄文人の赤ちゃんだって、全然アップルのエンジニアになり得るわけですよ。

松田:笑

中垣:それでさ、縄文時代にiPhoneがないのちょっと不思議じゃない?…というか、脳のポテンシャルとしてはほぼ同じなのにも関わらずアレやん、ちょっと縄文時代ひど過ぎん?

松田:笑

中垣:古代ローマとか孫子とかはまだ分かるねん。あの時代にあそこまでできたのは立派って感じやねんけど…縄文時代、もうちょっとやりようあったんちゃう?

(2000)『孫子』(金谷治訳)岩波文庫
Image: Amazon.co.jp

c (2000)『孫子』(金谷治訳)岩波文庫

松田:それはやっぱりさ、段階っていうものがあるねんって。当時は知識の蓄積が十分じゃなかったんやん

中垣:じゃああの時代の人らは脳みそを持て余してたのかというと、そうではないと思うねん。彼らは脳みそをもっと別のところ…よりスピリチュアルなところに使ってたんじゃないかって。

松田:いや、そうじゃないよ笑 人類全体として知識の蓄積が進んでないから、毎回毎回その場で考えて対処せなあかんというか…例えばおれらなら「喉渇きました蛇口ひねります」で済むところを、「今の水の蓄えはこれくらいやから、今日中には水汲みにいかなあかん、でも水場までは往復で半日かかって…」みたいな感じで一日が終わっててんって。

中垣:そうか、やっぱり蓄積って大事なんやな。ショートカットできるねんもんな。

松田:そうそう。

中垣:まあそういうことを考えてたんか。

松田ボーッと過ごしてスピリチュアル方面に発達してたっていうふうには、おれは思わないよ笑

中垣:じゃあ天気の予測とかは結構正確やったんかな。

松田:いや知らんよ笑 でもそれにしたって、全員が別々に毎日一回そのことを考えんとあかんわけやで。

気象予報士だけが天気のことを考えて、残りの全員はiPhoneの天気アプリ見とけばいい現代とは違うわけです

中垣あー、じゃあ宗教や。あれだけ複雑な知の体系を考えるってさ…

松田宗教は知の体系ではないでしょ

中垣:笑 でもさ、現代の人からするとあんなん考えるなんて暇かよって感じやん。そういうことに時間を使ってたんじゃない?

松田:ちゃうって笑 [あれもさ、世界について説明をするための試みなわけで、現代におけるいろんな研究とかと一緒やって。

中垣:いや、それはそうやと思うで。だから当時持て余してた脳のリソースを…

松田:持て余してたとかじゃないと思うけどな。

中垣:まあ持て余してるっていうのはちょっと違うけど、科学が無いなりに世界に説明をつけようとしてたわけやん。そこが動物とは違うなって

松田:あー、はいはい。

この日はなんか疲れてたっすね

2020年8月21日
Aux Bacchanales 紀尾井町


HeaderImage: TED

オックスフォード大学の物理学教授、デイヴィッド・ドイッチュによるTEDトーク。人類の知性の可能性とリーチについての著書『無限の始まり』は、未来に対する積極的楽観主義に満ちた一冊であり、マーク・ザッカーバーグが必読書として紹介もしている。