「論理に強くなるための3冊」が最後に載っています
中垣:ロジカルシンキングって言うならPythonで喋れよって言ったけど、あれはまあそれだけの話やねん笑
松田:たまにあるな、それを言いたいだけのトピック笑
中垣:ただそれと関係してやねんけど、最近読んでるマーケの本にしろ統計の本にしろさ、その中身が書き込まれたUSBがあってそれを頭に挿せるならそうした方がいいわけやんか。
c 「おれの知りたいこと」ってググるやつはいない→
松田:はいはい。間違いない。
中垣:なのに日本語で、接続詞とか使って記述して、おれらはそれを読んで頭を使って理解するわけやん。
松田:そうやな。
中垣:なんかこう、一見すごく非合理的に思えるわけ。それこそ、まあ実際にPythonで書かれたら困るねんけど、同じ日本語でも数学の証明みたいに書いてもよさそうなわけやん。
松田:はいはい。
中垣:って思ったときに、慣れ親しんでいないみたいなことを置いといても、それ以上にPythonで書くよりも言葉で書く方が人にとっては理解しやすいんじゃないかって思ってん。
そんなん当たり前じゃんって言えばそうなんだけどね
松田:なるほどね。
中垣:そこでやっぱり、ロジカルシンキングって言うならPythonで喋れって話やねんけど、もちろんコミュニケーションはロジカルを前提とはするんだけど、そっからはみ出る部分、情緒的な部分をいくらか含んでいる必要があると思ってて…
松田:うん。
中垣:それで初めて言っていることが理解できるような気がする。
松田:今の話でちょっと頭に浮かんだのが、生成文法のコンテクストでの人間の言語観やねん。そもそも生成文法が想定される前提として、人間は汎用計算機ではなくてワープロみたいなもんだって言語学の先生が言っててんな。
中垣:はいはい。
松田:要は、人は汎用計算機として言語を習得するんじゃなくて、もっとこう、特定の機能に最適化された機械として言語を習得するのであって、人類がそういう機能的な限定を共有しているからこそ、元をたどればあらゆる言語に同じ言語規則を見出せるんじゃないかって。
生成文法の妥当性は知ったこっちゃないが、様々な例外を包摂しながら理論を洗練させていくスタンスは嫌いじゃない
生成文法 – Wikipedia→
中垣:はいはい…だから…?
松田:だから、汎用計算機にとって合理的なコミュニケーションのやり方…というか物事の定義の仕方は、ワープロたる我々にとっては必ずしも最適な手段ではないよねって。
中垣:あー、そういうことね。人間がそもそもそういう生き物だってことやんね。
松田:そうそう。人間がコンピューターみたいな汎用計算機なら、そりゃPythonで喋った方がいいんやろうけど、全然そういう話ではないよねって。
中垣:そういうことか。
中垣:それこそ文字起こししたら分かるやろうけどさ、人の会話ってめっちゃ余計なこと言ってるやん。
松田:言ってる言ってる。
中垣:「AだとするとBと言えて、それをまとめるとCだ」って言うのに、「A→B→A’→A→B→C」みたいに言うことだってあるやん。
松田:中垣は特にそうやで笑
中垣:でもその場で聞いている人にはそれで伝わってるわけやん。逆にA→B→Cって順番に言っても、「はて…もう一回言って?」ってなるやん。
松田:なる、絶対なる笑
中垣:これって、別に理解力が追いついてないとかじゃなくて、言葉の情報だけ切り取るとA→B→A’→A→B→Cって見えるけど、そこには表情があって抑揚があって空気感があるわけで、それを加味した上でストレートにA→B→Cっていくか一度A’を経由するべきか判断して、むしろ最適な説明をしてるわけやん。
松田:うんうん。
中垣:もちろん話している本人がその場でCを思いつかへんとかもあるねんけどな。
中垣:文字だけ起こすと無意味な言葉でも、文脈に言わされてる言葉っていうのはあって、しかも聞いている人はその無意味な言葉をちゃんと無意味領域に落とし込んで話を理解してるわけやん。
松田:うん。
中垣:だから「え、でもA’って…」とかわざわざ思わへんわけ。
松田:ちゃんとふるいにかけてるやんな。
中垣:A’はA’として通り過ぎることができる、そういう曖昧なところのあるコミュニケーションが結局はすごくフィットしてるのかなって気がしていて。
松田:そう思うよ。ほんまにそう思うよ。
中垣:だからこそ言えるのが、ロジカルシンキングって言うならじゃあお前Pythonで喋れよって。
松田:逆にね笑
中垣:そう、やってみろよって。お前が志向していることってそういうことやでって。ロジカルって言うなら、その言葉が示しているものの輪郭はもっとはっきりさせるべきやねん。
いわゆるロジカルシンキングがしたいなら、これ一冊読んどけば間違いない
波頭亮『思考・論理・分析 – 「正しく考え、正しく分かること」の理論と実践』産業能率大学出版部→
自己目的的な論理の行使がしたいのならこれがいい
野矢茂樹『論理トレーニング101題』産業図書→
だがしかし論理的であることは真実に迫るのに十分な手段なのか、とか考え出したらこれ
鈴木大拙『禅』筑摩書房→
2020年3月19日
Aux Bacchanales 銀座