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思索

一番美味しいジュースは濃縮還元からは生まれない

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松田:先週京都に行ったとき…前に中垣とちょっと話したことがあるねんけど、エースホテルっていうホテルがあるねんやんか

みなと:はいはい。

c 双方向的リスペクトから生まれるラグジュアリー

松田:ブティックホテル言うて…まあブティックがなんなのかは知らんけど、なんしかシュッとしてるねん。

みなと:笑

ブティックホテルがイケてたのってまじで大昔やんね

松田:そういうのがあって、まあ話に出てたし泊まろかなと思ってんけど…部屋選ぶためにホテルのウェブサイト見て、ちょっとしっくりこんというか、やや怪しい感じがして結局やめてんな

みなと:うん、まだちょっとイメージはできてないけど。

松田:「エースホテル」って調べてすぐ出てくる通りで…まあシュッとはしてんねん。古い建物に入ってて、おしゃれなショップフロアもくっついてて、全体的に「隈研吾…隈研吾なんですぅ」みたいな感じのやつで。

みなと:なるほどね。

c 隈研吾ってどうなん?

松田:なんかね、シュッとはしてるねんけど…要は中目黒っぽいのよ。それでおれが見出し得る価値はなさそうやと思って、結局泊まらへんかって。

太郎:はいはい。

松田:ほんでエースホテルの横のショップフロア、これに関しては前に行ったときに既にアウトっていう結論がおれの中では出ててんな。このふたつ、感覚的には同じ理由でアウトやってんけど、これをより精細に、言語的に究明せなあかんという

そんなこと気にせず平和に生きるって選択もあるからね

太郎:あー、なるほどね。

松田:そのショップフロアね、まあジョンスメドレーが事実入ってるねんけど、なんか全体的にジョンスメドレーっぽいのよ。

JOHN SMEDLEY

みなと:あー、なんとなくイメージできてきた。

松田「みんなぁ、おしゃれってこういうことだよな?」みたいな感じやねん。クリスマスギフトなら超大量に選択肢ある系というか。

ああいうお店ってブランドを指名買いするイージーな客が多過ぎて、その上で単価も大したことないから、ちょっとややこしいこと聞いたら秒で嫌な顔されるじゃん? ほんと勘弁してほしい。僕も悪いけど。

太郎:あー…

松田:だって…ほーらカフェキツネ入ってる、1LDKもあるし。「それがおしゃれなのは知ってる、だってインスタでおしゃれな人がそう言ってたもん」みたいな感じやねん。

みなと:なるほど。

これがダメならなんならいいんだよ…

松田:まあおれが好きじゃないってだけの話やねんけどね。でもやっぱおれが擁護したいのはさ、宮下パークに入ってるマムートなのよ。だってマムートなんて、山岳用品店が集まってるエリアでようやく見つかるようなブランドなわけ。

みなと:関内とかね。

MAMMUT STORE 横浜 – MAMMUT

松田:そう、あれは関内にしかないはずのもんやねん。パタとかアークみたいな街着ポテンシャルはほぼゼロやのに、でもなぜかあるねん。まあきっと旧宮下公園の頃からずっとウォールがあるっていう、その文脈があっての話なんやろうけど。

太郎:あー、あるね。

松田:別にあれ系ならノースのパープルレーベルでも入れとけばよかったわけやん、でもそこにはマムートがあるわけ。

みなと:うんうん。

65/35 Mountain Parka – nanamica

松田そこには予測可能性の範囲外の何かというか、期待値を一歩踏み越えた先の大胆な判断みたいなのが見られるわけよ。それに対してエースホテルとその周りなんて、みんなが思うおしゃれを微分して10倍しましたみたいなことになってんの。そんなんおかしいでしょ。

みなと:笑

松田:建物がでかいし綺麗やから「わーお」みたいに一瞬なるねんけど、でも見て回ってもさっき言うたようなテナントしかないの。確かにおしゃれやけど、それがおしゃれなんはもう知ってんねん。

みなと:うんうん。

松田:まあそれでもさ、例えば東京のシティホテルみたいな盤石さというか、レストランからルームサービスまで、何を食べたいと思っても応えてくれる最強の布陣がおるとかならそれはそれでありやん。

太郎:うん。

松田:でもそんなこともないねん、エースホテルのレストランはピザとタコスとコーヒースタンドだけ、お茶さえろくにできない。ああいう“““ちょっといい感じ”””系の価値観の実践は、量の徹底を伴うことが原理的にほぼない

みなと:ピザとタコス笑

松田:まあなんやろな…なんしかまずは、微分したものをそのまま戻した結果ディテールが損なわれてるみたいな、そこに違和感があるというか不誠実を覚えるというか。

みなと:あー、はいはい。

松田濃縮還元のジュースがストレートジュースより美味しくなることは絶対にないというか、なんかそういうことを思うわけ。

みなと:笑

松田:一応は建物もでかいしテナントも多いから、なんとなく騙されそうになるねん。でもちゃうねん、濃縮還元はストレートよりは必ず不味い。これがおれの思ったこと。あとはね、「みんなこういうのええ感じって思えるよな?」みたいなもんばっか追求してると、それは再帰的に収斂していってまうのよ

みなと:再帰的に…収斂していく、うん。言ってることは分かるよ。なるほどね。

我々の社会が抱えている最大の格差ーそれは経済資本の格差ではなく「モチベーション」と、そしてその根底をなす「アート的な衝動*72」を持ちうるかの格差である。現行人類のコンピュータに対して優れている点は、リスクを取るほどに、モチベーションが上がるところだ。これは機械にはない人間だけの能力である。逆にリスクに怯え、チャレンジできない人間は機械と差別化できずに、やがてベーシックインカムの世界、ひいては、統計的再帰プロセスの世界*73に飲み込まれるだろう。

*72ここでいう「アート的な」モチーべションとは、個々人の文脈において、それをせずにはいられない欲求・衝動を指す。
*73VC的な社会が、人間という乱数生成装置の創発性が駆動する動的な社会になるのに対し、BI的な社会は、確率過程によって定義されるプロセスが、何度もその処理を繰り返すことによってある一定の値に収束する現象に象徴されるような、自然に収斂された変化の少ない世界となるだろう。

Source: 落合陽一(2018)『デジタルネイチャー 生態系を為す汎神化した計算機による侘と寂』PLANETS

落合陽一(2018)『デジタルネイチャー 生態系を為す汎神化した計算機による侘と寂』PLANETS

松田:再帰的に収斂していくという言葉のもっとも分かりやすい具体例は、インフルエンサーのやってるD2Cジュエリーブランドやね。そういうブランドって、既に世の中にあるバリエーションのうち、売れ線で生産コストも低いデザインのみからなるラインナップって感じになってるねん

太郎:あー…

松田:そら一度限りで済むんならええねんけど、それが何度も繰り返されるとディストピアは不可避やねん。楽天で売ってる5,980円のシルバーリングしかない世界になっちゃうのよ。再帰的に収斂していくっていうのはこういうこと。

太郎:はいはい。

シルバー925 リング
Image: 楽天市場

5,500円

甲丸シルバーリング 7mm – 楽天市場

松田:それって全然良くないやん。だから宮下にマムートを入れるのと同種の勇気を皆が持たなければならないわけ。

みなと:はいはい。

松田:まあ一方で…別にそうじゃなくても、確実にみんながいいと思えるものを質量共に追求して勝ち切るみたいなのは否定はされないと思うで。

みなと:あー…なるほどね。

c ユニクロという服屋

松田:ただ、それはすなわち一番になるということやねん。ホテルで言うとリッツカールトンになるってこと

みなと:うんうん、だんだん分かってきた。

松田:でもそうじゃなくてエースホテルみたいなことをするんであれば、宮下パークでもって例えているような、腹をくくった引き受け方みたいなもんがあるねん。それを避けて「そらまあええ感じやとは思うで」っていうものを、ぼちぼちの程度で提案してくるセコいスタンスが嫌というか。

c 宮下パーク、渋谷ストリーム、パルコ、スクランブルスクエア

みなと:まあ松田が前提にしているのは…リッツカールトンみたいなものが既に存在する世界で、もう一度同じものを見せられているように感じるのが気持ち悪い…ってことだよね。なんとなく分かってきた。

松田:うん、そういう感じ。

みなと:まあ気持ち悪いっていうのは言い過ぎかもしれないけど。

松田:ああいうのってさ、それこそてめえの脚を食っているというか、チキンレースをやっているような気がしてならへんねんな。そら今はいいけど、そんなことをずっとやってても何も生み出さない。あるいは「何も生み出さなくてもいい」と言われても、そもそもそういうお金の稼ぎ方ってずっとはできひんからなっていう。

みなと:うんうん、なるほど。

c てめえでてめえの脚食ってんじゃねえよ

松田:でもまあええよ。京都やし、おれ住んでへんし。

太郎:笑

松田:とにかく、濃縮還元ジュースがストレートジュースより美味しいことはありえないし、濃縮還元に濃縮還元を重ねるようなことをしていると、再帰的に収斂していってそこには何も残らないからやめようねって。

みなと:濃縮還元ジュースをさらに濃縮還元してるやつは…やばいね。なるほどね。

松田:せやろ。なのに世間では、濃縮還元の手法で一番美味しいジュースを作ろうみたいなことがまかり通ってるねんって。そんなやり方で100点の何かが生まれるわけがないねん。

というより、100点をとろうとしてんのがあかんよね。採点基準はおれが決めるんや言うてね。

2022年1月23日
Aux Bacchanales 紀尾井町

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