第3村を舞台に、見るもの全てが新鮮に映るレイと、引きこもり状態を脱しヴンダーへ搭乗することを選択するシンジ。その二人の変化はいずれも、当為を見上げて硬直するのではなく、足元の現在から自分の世界と対峙することを選択した人を描いているのではないでしょうか。
『シン・エヴァンゲリオン劇場版』を鑑賞して考察したことについて、実際の会話を文字起こししたものを、ささやかな解説としてお届けします。
みなと:前に上げた記事とも被るんだけど、レイとか第3村の話はしておきたくて。
松田:うんうん。あのシーンにはね、我々が自覚して実践しなければいけないことが明確に描かれているもんね。
当為による拘束を抜け出し、リアリティと対峙することを決めたレイとシンジ
とう‐い【当為】タウヰ
〔哲〕(Sollen ドイツ)「あること」(存在)および「あらざるをえないこと」(自然必然性)に対して、人間の理想として「まさになすべきこと」「まさにあるべきこと」を意味する。当為にはある目的の手段として要求されるものと、無条件的なものとがあり、カントは道徳法則は後者であると考えた。新カント学派は真・善・美等の規範的価値を超越的当為とした。不許不。ゾルレン。↔存在↔不可不
Source: 新村出編(2008)『広辞苑 第六版』岩波書店
みなと:今日改めて観てみて、
松田:「私はネルフでしか生きられない」って言ってたもんね。
みなと:あとは、そもそもお母さんの遺伝子を入れられていて…とかね。設定からしてもう漂白された存在でさ。
松田:そういう設定もあって、彼女の言動とか振る舞いはこう…
みなと:そうそう。それこそ感情をインストールされているとか、彼女自身が
松田:手触りのある現実に根拠を持たない存在って感じがあったよね。
みなと:うん、そうだよね。すごく分かる。現実の何物にも立脚していないというか…
太郎:「私 命令がないのに 生きてる なぜ?」みたいなことも含めてだよね。
みなと:そうそう。そういう…実存みたいなものとは全く無縁の存在だった彼女なんだけど、
太郎:うんうん。
車両の下で雨宿りをする身籠った猫のシーン、複雑で奥行きのある、因果に依らない必然性を描いているようで、人生のリアリティをまざまざと感じさせられます。
松田:同じく当為に拘束されている存在として、レイとシンジくんを並列に描写しているのも良かったと思うな。個人的にはレイが実践したことは、シンジくんがダム湖の底の泥みたいになってるシーンに続いて、シンジくんにそれをやらせてもよかったと思うねん。
みなと:あー…
松田:ただ、そうすると話がやや冗長になるし、シンジくんが比較的シンプルに立ち直っていく様子は、あれはあれで当為から存在へとフォーカスが切り替わる際の非連続的な感じを描いていて悪くないなとも思った。そういう意味では、シンジくんとレイがそれぞれに変わっていく様子は、同じ人格による実践として理解してもいいのかなって。
みなと:あー、そうだね。シンジくんもシンジくんで何かを感じて自分の足で立てるようになっていくんだけど、ただレイが獲得しているものって、彼女には全く足りていなかった、そもそも設定もされていないもので…
太郎:だからシンジがそれをやるのは違うんじゃない? 別に元々備わってなかったわけじゃないから。
松田:いやまあどうなんやろ。そもそも、
太郎:あー、まあ確かにそうなのか。
松田:だから…
みなと:あー、なるほどね。確かに。
レイもシンジも成長しましたよほんと
荒廃した状況でこそ描けたもの
みなと:なんか第3村のあの状況は…太郎的にはもっと違うことを思いそうだなとは思ったけど笑
太郎:笑
帰還困難区域の錆びた建物群を思い出しました
みなと:でもまあ地に足をつけたレイが前を向いて実存を獲得していく過程は、物語においてはすごく大事だし、
太郎:うんうん。
みなと:ああいう戦後っぽい、荒廃から一歩ずつ進めていかなければいけない、何もかもが足りていない状況というか…
松田:だからあれでしょ、
みなと:そうそう笑 見ててもきつくなるような、全て足元から始めていかなければいけない状況じゃないと、あの生々しい感じは描けなかったと思うんだよね。
太郎:うんうん。
灰頭土面にこそ人生の意味はあるのです
シンジにとって第3村は生きる場所ではない
松田:あと第3村についてちょっと思ったことやねんけど…
みなと:言ってたね。
松田:あとはトウジも、ほんまに何を言うでもなく優しく受け入れてくれてたやん。でも、最終的にシンジくんはヴンダーに戻ったわけ。ここも結構大事やと思うねん。
みなと:あー、うんうん。
松田:まあ難しいところやけどさ、おれがシンジくんに声をかけるんであれば、確かにずっとここにいたらいいっていうと思うのね。
みなと:うんうん。
松田:そう意味では、トウジ含め周囲の声かけはもっともだと思うんだけど…
太郎:あー、うんうん。なるほどね。
みなと:それはそうだな。自分の足で、自分の世界に立ち向かっていかなければいけないというか。ちょっと寂しい感じはするけど、
松田:そうそう。まあ言うたらカウンセリングルームみたいなもんやね。全面的な肯定と共に受け入れてくれるけど、でもいつまでもそこにおったらあかんねん。
大学生の頃にカウンセリングルームを使い倒した顔
太郎:なるほどね。
松田:しかしその前提として、当時や村人に全面的に受け入れられるっていうのは…やっぱ必要やったわけよ。その辺りも結構リアルやったと思うねんな。
2021年11月6日
commmonの部屋
ゲンドウの妻であるユイを模造しNERVによって造られた綾波レイ。あらゆるものが新鮮に写る第3村で、子どものように全てを吸収する彼女は、自らの意志で現実を生きる力強さを獲得していく。その様子はまたシンジを立ち直らせ、現実に対峙し、自らの意志による行動を促すのであった。