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コンテンポラリーダンス入門

土方巽の『禁色』から始まる暗黒舞踏のコンテクストを、その前後のダンスの歴史とともに紹介します。

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かのこ:三浦一壮って人に修論のためにインタビューしてたんだけど、その人の息子さんでクリエイティブディレクターをやってる人が新しく本出したらしいから、ぜひ買ってあげてください

三浦崇宏(2020)『超クリエイティブ 「発想」×「実装」で現実を動かす』文藝春秋
Image: Amazon.co.jp

三浦崇宏(2020)『超クリエイティブ 「発想」×「実装」で現実を動かす』文藝春秋

松田:え…いきなりなんなん?

かなこ:私もまだ全部は読んではいないんやけど。

松田:そもそも父親の方を知らんねんけど、その方は何の人なん?

かのこ:あ、三浦一壮? 三浦一壮は…59年から始まった「舞踏」ってあるじゃないですか? 土方巽とかって知ってる?

土方 巽(ひじかた たつみ、1928年3月9日 – 1986年1月21日)は日本の舞踏家、振付家、演出家、俳優。 暗黒舞踏の創始者として、大野一雄とともに国際的な知名度の高い舞踏家である。

Source: Wikipedia

土方巽 – Wikipedia

土方巽 – 美術手帖

松田:全然知らんからさ、もうちょっとこう…説明の仕方があると思うねん。

かのこ:笑 「舞踏」っていうコンテンポラリーダンスの一派というか、表現形式があるの。これは日本から始まって、現在では世界中に広まってるんだけど。

松田:コンテンポラリーダンスの一派?

かのこ:うーん、まあそれにもいろんな注釈は付けられるんだけど…

松田:まあなんしかそういうコンテクストがあると。

かのこ:そう。で、その創始者として土方巽って人がいて、彼が59年に『禁色』って作品を出して、それが一応舞踏の始まりだとされている

暗黒舞踏は、土方巽(1928-1986)31歳のデビュー作『禁色』(1959年、於・第一生命ホール)をもって始まる。『禁色』は、仏人作家・ジャン・ジュネの男色のエピソードにより、作家・三島由紀夫の小説の作品名を借用した15分の作品。薄暗闇の中、17歳の少年・大野慶人を追う青年・土方の靴音だけが聞こえ、倒れた少年に重なる土方の「ジュ・テーム」という声と、少年の性的呻き声が聞こえる。立ち上がった土方が股間で鶏を絞め殺し(実際には殺していないという証言もある)愛の伝授としての鶏を差し出すという過激な展開に、観客の大半の女学生が席を立ったと言われている。「平穏な日常を揺るがすもの」「こうした作品は個人のリサイタルで発表すべき」という舞踊協会の批判に、土方および土方支持の大野一雄らは協会を退会することになる。

Source: Google Arts & Culture

すご…

暗黒舞踏を知る7つの要素 – Google Arts & Culture

松田:そんなんがあるんや。

かのこ:そう。それが60年代の文化的な象徴のひとつとしてあるって感じやねんけど。

60〜70年代、土方巽は、三島由紀夫や澁澤龍彦といった、当時の文化の顔といってもいい知識人とともにあって、インスピレーションを奪い、ときには与えていた。三島や澁澤に限らず、土方巽はさまざまなアーティストと協働していて、当時の芸術は、踊りに限らず、何もかも既存の秩序とか権威とかに異議を申し立て、破壊していこうとする「反芸術」のムーブメントを共有していた。このムーブメント、グルーヴ感みたいなものは、当時の大学生たちが一様に身を投じていた学生運動のうねりと軌を一にしていた。
そういう時代を巻き込んだうねりが一挙に反転して消えるのが、1970年の大阪万博(岡本太郎の太陽の塔など)であり、三島の自決であり、今年はそれからちょうど50年である。(なんか、三島の最後の作品である「豊饒の海」シリーズを読んでいると、三島が死に至る、日本の精神の歴史の必然的なものを少し感じたりします…)

Image: commmon

松田:はいはい。

かのこ:でもまあ当たり前やけどさ、そうやって舞踏ばかりに目が向けられる中で、舞踏にすごく近いんだけど、自分は舞踏じゃないっていう、そういうアイデンディティの人もいるのね。

松田:はいはい。

かのこ:で、そういう感じでやっとった人に矢野英征さんって人がおって、その人が私の研究対象なんやけど、その矢野さんと一緒に日本でやってた人が三浦さんなの。三浦さんは舞踏ほど有名ではないんだけど、舞踏の隣くらいのところで同時期に活動してて。

松田:なるほど、なるほどね。

かのこ:で、三浦さんは長い休止期間を経て一昨年にダンサーとして再出発して、それでインタビューをした。

松田:なるほど…で? 本は誰が出したんやったっけ?

かのこ:三浦さんの息子さん。

松田:ええ…

かのこ:なんか三浦さんに「買ってね」って言われて。それで「はい、もちろん買います!」って言って、私も買って読み始めたところ。

松田:それはつまり、かのこの研究とは関係は…?

かのこそうだね、息子の方は全く関係無い

松田:そっか…じゃあもうすこし詳しくダンスについて聞きたいねんけど。

かのこ:じゃあとりあえずバレエから話すと…なんかまあ、バレエの発祥はフランスって言われてて、元々は太陽王ルイ14世とかが踊ってたんだけど、その宮廷バレエは下野してロマンティックバレエになって、最終的には踊り子とか娼婦が踊るようになって堕落しちゃったのね。

松田:はいはい。

かのこそのままフランスのロマンティックバレエは衰退しちゃう。で、それとは別の流れとして、当時後進国だったロシアでは、フランスから宮廷バレエが伝わって踊られていたのね。

松田:はい。

かのこ:で、フランスのロマンティックバレエが衰退した後も、ロシアでは堕落する以前のロマンティックバレエが踊り続けられて、そこから勝手に発展させていったのが今のクラシックバレエ

松田:ふーん。

かのこ:でもクラシックバレエって、足の位置とか運び方とか飛び方とか、その辺がもう完成されちゃってるの。同じものがずーっと続くと飽きてきちゃうから、バレエの派生として何か別の踊りをってなって…

次郎:一応クラシックバレエの延長にはあるけれども、それを崩そうという意識の下に発展してきたっていう感じだよね。

かのこ:まあそうだね、それがモダンバレエ。ウィリアム・フォーサイスとかが有名

ウィリアム・フォーサイス(William Forsythe, 1949年12月30日 – )は、アメリカ合衆国における主要なバレエダンサーのひとりで、現代の最も先端的なバレエ振付家。モダン・バレエを解体し再構築することで、現在のコンテンポラリー・ダンスの歴史を造る。モダンダンスの歴史の中では、マース・カニンガムやジョージ・バランシンが創った抽象的な振付が存在したが、ウィリアム・フォーサイスはその身体言語を先鋭的な解釈で提示したといえる。その作品と手法はコンテンポラリー・ダンスの範疇で語られる。

Source: Wikipedia

ウィリアム・フォーサイス (バレエダンサー) – Wikipedia

松田:それは…ギャルソンのこぶドレスとかと同じノリ?

かのこ:ちょっとごめん、分からん。

松田:まああれやんね、決まりきった型があるところに、そのアンチテーゼとして出てきたみたいな感じやんね。

かのこ:うーん、まあそうだね。

次郎:で、それはある種、解釈不能な規則に則らない動きをすると

かのこ:しかも、それがアメリカから生まれた。

やっぱアメリカなんだよな

松田:その解釈不能性っていうのはさ、今までのルールでは解釈不能なのであって彼らには彼らなりのやり方があるというものなのか、あるいは彼らのやり方自体も全く体系化されてないデタラメなものなの?

かのこ:デタラメっていうか…元々バレエでは、足の形から運び、飛び方まで全て決まった型があるわけじゃないですか。

松田:うんうん。

かのこ:で、その型を物語にのせて踊るっていう。だから別に、型と物語の間に関連性が特にあるわけじゃないの

松田:あー…別に物語と対応して身体の動きに必然性があるわけではないんや?

かのこ:そう、必然性はない。でもアメリカでは、もちろんまずショーダンスとかがあって、そこにイザドラ・ダンカンって人が出てきた。彼女はそれまでの伝統を全部やめてギリシャに戻りましょうって言って、それは人間の身体の自然な動きに戻るのもそうだし、波を表現するのでも腕を波打たせて表現するだとか…

イザドラ・ダンカン – Wikipedia

松田:あー、なるほどね。

かのこ:そこで、ダンスの世界に身体言語としての表現が生まれた

松田:まあしっくりはくる。

かのこ:それがイザドラさん。で、彼女はアメリカでは活動場所を見出せずにヨーロッパに渡ったから、それ以降モダンダンスはヨーロッパで発展することになって、それが今のモダンダンスの基礎になっている。

松田:ほうほう…えっと、それがいつくらいの話?

飽きてきた

かのこ:あともうちょっとは続く。まだ1950年よりも前だから笑

次郎:笑

かのこ:で、そこからマリー・ヴィグマンとかいう人が出てきて、その人はとにかく表現主義舞踊、もうめちゃめちゃパッションを見せて「ウワァー」って叫ぶみたいな、そういう感じのやつを作ったんだけど。

ドイツのモダン・ダンス(「表現舞踊」とも言う)の振付家・ダンサーのマリー・ヴィグマンが創作したソロ作品。本作のもっとも顕著な特徴は尻を床についた状態で踊ることであり、ヴィグマンは足を繰り返し床に叩きつけながら移動し、ポーズをとる。よく知られている1926年のヴァージョンでは、ヴィグマンは顔に仮面を被っているが、14年の最初のヴァージョンでは、上半身は衣裳で覆われながらも顔は露出していた。ヴィグマンは仮面について、スフィンクスを連想しながら、多様な表情を示すその計り難さとともに動物性を重ね合わせている。また、「魔女」というモチーフについて「地上を這いまわり続ける赤裸々な本能と生への飽く無き欲望の生き物、獣と女性が一体となりまたその両方でもある」存在として魔女をとらえている。ダンス研究者のスーザン・マニングは仮面や体の輪郭線を消す衣裳を指して、本作のなかにジェンダーを曖昧にし目立たなくさせる側面があると解釈する一方、同じくダンス研究者のサリー・ベインズは魔女というドイツでよく知られた存在のもつ独自の女性性を本作のなかに見ている。また能に似た打楽器の使い方や歌舞伎の見得に類似するポーズが見られるなど、日本の伝統芸能との類似性が指摘されている。

Source: artscape

《魔女の踊り》マリー・ヴィグマン – artscape

マリー・ヴィグマン – Wikipedia

松田:はいはい。

かのこ:で、それを学んだのが50年代から60年代の日本人で、日本の体育教育に必要だからって言って教科書に載せたりプログラムを作ったりの提言をしたのね。それが引き継がれているのが今の保健体育の教科書で、だからコンテンポラリーダンスの章には、手のひらでで花を表しましょうとか、かがんだところから立ち上がって芽吹きましょうみたいな、そういう表現が載ってる

松田:へー。

かのこ:だからそのせいもあって、ダンスを観ると「この動きはこれを表してるのかな」みたいなことを思っちゃうんじゃないかって、それをさっきまで次郎さんと話してた。

松田:ふーん。

次郎:おれが観たのは、コンテンポラリーダンスで日本のある種最前線にいると言われている人のお弟子さんの…

かのこ:いや、最近ではちょっと最前線でもなくなってきた。

次郎:あ、そうなんだ。とにかくそのお弟子さんみたいな人の公演で。

勅使川原三郎 KARAS オフィシャルサイト

松田:はいはい。

次郎:おれはその公演を観ながら、「この動きに一意的な解釈があるんじゃないか」っていう見方をしていたみたいなのね。「何を意図してこの足の動きをしてるんだろう」みたいな、そういう解釈的な目線を送っていたというか

松田:なるほど。

次郎:だから最初はひたすら謎だったんだけど、途中からそれはやめて感じようと、Don’t think. Feel. で観ることにしたら、ある種の催眠術にかかったような状態になって

松田:へー。

次郎:なんかね、めちゃくちゃ気持ちよく動きが入ってきたの。それで終わった後もめちゃくちゃ感動してて。「これ全く言語化できんぞ…」みたいな、まあ一種のトランス状態みたいな感じだよね。あれは何だったんだろうなというのは、今でも謎っちゃ謎。

松田:ほーん。前言語的な神秘主義体験というか…

次郎:そうね、ほんとそんな感じ。

松田:なるほどね。

次郎:で、なんでそうなったのかっていうのを、さっきおれが言ったみたいに解説してくれてた。

かのこ:まああれですよ、あくまで私の想像に過ぎないけど

ウォーホルには、feelで楽しめるジャストクールの側面以上に、feelではなくコンテクストを理解した上でのメイクセンスという側面があるのと同様、ダンスにおいても、感覚的にであれ理知的にであれ丸腰で見て楽しめるという側面以上に、シーンの文脈と演者の意図を前提として初めて楽しめるという側面があると思うのですが、そういうものとして経験するには場数を踏んで訓練を積む必要があるのではないでしょうか。
ただしもちろんこれは、衝撃的な作品によって前判断的にノックアウトされる経験と、それによってその作品が、それを見た人にとって絶対的な存在になることを否定するものでは決してありません。

かのこ:ちなみにコンテンポラリーダンス、つまりさっき言った表現主義的なコンテンポラリーダンスにも、もちろんそのアンチがいっぱい出てきてる。全然表現をしない、ジョン・ケージとかの流れを汲む人達とか…

ジョン・ミルトン・ケージ・ジュニア(John Milton Cage Jr.、1912年9月5日 – 1992年8月12日)は、アメリカ合衆国出身の音楽家、作曲家、詩人、思想家、キノコ研究家。実験音楽家として、前衛芸術全体に影響を与えている。独特の音楽論や表現によって音楽の定義をひろげた。「沈黙」を含めたさまざまな素材を作品や演奏に用いており、代表的な作品に『4分33秒』がある。

Source: Wikipedia

ジョン・ケージ – Wikipedia

4分33秒 – Wikipedia

松田:はいはい。

かのこ:なんか、その辺ってどうなってるんでしょう?って感じ。最近すごく思うんだけど、YouTubeの「踊ってみた」とか、あれが今まで私の勉強したこととどうつながるのかがよく分からない。みんな踊ってるけど、じゃあその理論ってどうなってるの?というか。

TikTok iOS アプリ
Image: Apple

理論を意識されないまま再生産され続ける感じ、まじ未来

c TikTokは禅への序章

松田:ほー。

かのこ:あのかっこいい動きがどこから出てくるのかとか、全然何も表現していないし何かのスタイルがあるわけじゃないけど、でもなんかかっこいいとか、そこを誰かに理論化してほしい。

松田:なるほど。

乗越たかお(2016)『ダンス・バイブル コンテンポラリー・ダンス誕生の秘密を探る』河出書房新社
Image: Amazon.co.jp

乗越たかお(2016)『ダンス・バイブル コンテンポラリー・ダンス誕生の秘密を探る』河出書房新社

2020年10月30日
Aux Bacchanales 紀尾井町

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暗黒舞踏
HeaderImage: Google Arts & Culture

土方巽のデビュー作『禁色』から始まった前衛舞踊のひとつである舞踏。そのショッキングな内容のため国内において正統派の舞踊界・アカデミズムの世界からは異端視されていた。しかし80年代、暗黒舞踏は「Butoh」として欧米を中心にブームを引き起こし、特に「山海塾」のワールドツアーの成功をきっかけに逆輸入的に国内でも紹介されるようになり、一般的な認知を獲得した。

暗黒舞踏を知る7つの要素 – Google Arts & Culture