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【前編】究極の陽キャ、つまり世界の主人公

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松田:感謝祭の2日目のド深夜に、ちさとに「今の松田は陽キャじゃなくて躁やで」って言われて。

なつき:笑

松田:別におれ陽キャだなんて言ってへんし、躁であることも自覚していたし、なのになんでそんなこと言うん?とか思って。要は傷ついたのね

中垣:笑

松田:ほんでさ、前に陽キャと陰キャの話あったやん。

中垣:六本木のパリピのやつやんな。その場での振る舞い方が分かってるかどうか、みたいな。

松田:そうそう。六本木のパリピもビバリーヒルズのプライベートパーティーに放り込まれたら陰キャと化して死ぬってやつ。結局は身を置く場所と、そこでの標準的な振る舞いを知っているかどうかで陽キャと陰キャは決まるって話

中垣:うんうん。そういう話やったね。

c 陽キャ/陰キャ・モテ/エッジ

松田:これをもうちょっとちゃんと考えたいなと思ってさ。

中垣:うん。

松田:陽キャと陰キャに加えて、躁と、あと圧倒的主人公っていうのもいい感じに位置付けたいねん。だって置かれてる状況次第っていうけど、それだけじゃなくて、その状況へのスタンスについても言い得ることはありそうやん。

中垣:うんうん。

松田:この話が出たほんまのほんまの最初、大学のテラスで話してたときは、参照先の話やって言った気がするねん。自身を定位するにあたって外に参照先を求めるのが陽キャで、内に参照先を求めるのが陰キャみたいな

中垣:参照先やねんけど…別に陰キャもさ、見かけ上の参照先は外側なわけやん?

松田:うん、そうそう。

中垣:なんやけど…これがピュアに外を参照するのであれば研究とかに近いというか、「やってみよ、違うかった、じゃあ次はこうしよう」みたいなわけやん。

松田:うんうん。

中垣:そういう気持ちで人とコミュニケーションをできるっていうのが、参照先が外ってことやんね。それが内向きっていうのは…もうちょっとこう、どういう感じなん?

松田:ここでの内を参照するっていうのは…勝手に内在化した何かを見てるって感じなんかな? シンプルに外を見ればいいのに、それを一旦持ち帰っちゃってる感じ。

中垣:うん…うんうん。感覚的には分かる。

松田:で…いったんそこは保留して話を続けると、圧倒的主人公についても考えててん。圧倒的主人公、こいつはどこに行っても自分が中心におるわけ。自分の足下から世界が広がっていると思ってると。

中垣:うんうん。

松田:で、こいつにはたぶん、さっき言っていたような内側っていうのが無いねん。最も理想的な主人公、世界の中心におるやつには内側が無い。

中垣:はいはい。まあなんとなくは分かるけど…

松田:どこを見ても、自分から放射状に世界が広がってる感覚があるねん

入矢義高訳註(1989)『臨済録』岩波文庫
Image: 岩波書店

你且隨處作主、立處皆真。境來囘換不得。縱有從來習氣、 五無間業、自爲解脫大海。

你且く随処に主と作れば、立処皆な真なり。境来たるも回換すること得ず。縦い従来の習気、五無間の業有るも、自ら解脱の大海と為る。

君たちは、その場その場で主人公となれば、おのれの在り場所はみな真実の場となり、いかなる外的条件も、その場を取り替えることはできぬ。たとえ、過去の煩悩の名残や、五逆の大悪業があろうとも、そちらの方から解脱の大海となってしまうのだ。

Source: 入矢義高訳註(1989)『臨済録』岩波文庫

入矢義高訳註(1989)『臨済録』岩波文庫

中垣:それは犬猫とは違うん?

松田:犬猫は…世界を相対化できていないのが違うな。

c 二種類の認知の膜

中垣:あー、そういうことか。世界を相対化できているってことと、自分の内側が無いっていうのは共存し得るん?

松田:それはこう…一度相対化した世界を、自分を中心に再度統合してる感じなんちゃうんかな。

中垣:あー…うんうん。

松田:おれが言いたいのはさ、主人公って主客の分離なさそうやん? あれが陽キャの究極なんじゃないかって。

中垣:うん、分かるよ。具体的に誰っていうのもすごく思い浮かぶし…たぶん分かりそう。でも内が無いんやんね? そこで言う内っていうのがやっぱり分かりにくいねんな。

松田:まあそうやんな。なんやろな…

中垣:例えば妄想というか、「こう言ったらこう言われるんじゃないか」みたいな、こういうのって内やんね?

松田:そうそう。ここでの内っていうのは、世界と私があちらとこちらで対立してる世界観における私、つまりこちらってことかな。

中垣:うんうん…

松田:世界からは不可侵なこちら側やな。そこに持ち帰って、内在化できたと思っているフェイクでエゴい世界、それを参照してるのが陰キャやねん

中垣:あー…分かった。なんかこれまでいろんな話を通して言ってたのはさ、私と世界との間にあるボーダーをなくせばいいんじゃないかって話やったけどさ、そもそもこちら側は原点でしかなくて…

松田:あー、そうそう。

中垣私が世界になめらかに接続していくとかでさえなく、この原点から世界が広がっていくっていう

松田:そう、ほんまそう。

部分たる私が、それと矛盾することなしに全体に同一化するのです。

松田:自分への興味が捨てきれていないって言うときに問題になっているのって、自分についての視野があまりに狭いことだというか…例えば相手が恋人とかもっとも親しい友人とか家族とかであれば、その相手のことに、ほとんど自分のこととして興味を持てるわけやん。そこでは、自分に興味を向ける代わりに相手に興味を向けているという意識はないやん。

なつき:うんうん。

松田:そのときって…なんやろう、自分という存在の外縁部がその辺りにまで延びている感じがあるというか。

なつき:はいはい。

松田:要はそれが自分ごとになっている…そう言うとちょっと分かりやす過ぎる気はするんだけど、でも結局そういうことやと思う。つまり利己的であることと全く対立しない形で利他的になれているわけやん。そういうふうに自分を中心に、自分からもっとも近い部分から自分の領域を拡大して、より広い範囲を自分のことだと思えるようになれればいいよねっていう。

Source: commmon

c 自分への興味を捨てることについて

中垣:FPSの気持ちっていうかね。

松田:うん、でもそういう感じやと思う。そういう認識を持てたらそれは世界の主人公だし、これが究極の陽キャやねん

中垣:そうやんね。

松田:だからやっぱ陰キャはクソやで。

来世で頑張ります!!!

中垣:うん、確かに。まあ子供の頃の感覚ってそれに近いけど、やっぱ世界を相対化できてないっていうのが…って話やんね。

松田:そう、やっぱり一度は世界を相対化せんとあかんと思うねんな。そうせんとどうしても世界が広がらへんもん。世界を全く相対化しなくてもうまくいくのって、関わっている世界が狭いからやと思う。

中垣:うんうん。

松田:それに子供には親がおるから「すみませんうちの子が」って言うてくれるわけ。

幼い頃「なんでお前が言うてんのおれの問題やねんけど」って思ってた

中垣:うんうん…でもさ、これまで会ってきた主人公っぽい人って特に相対化してない気もするねん。で、それがなんでかって、相対化しなくても困らないくらい何かが優れ過ぎていたというか。

松田:あー、なるほどね。

中垣:おれが思い浮かべたのは岩井さんやね、浪人してたときのおれらのボス。なんかもう異次元やねん。身体能力えぐいし、三浪してるの意味分からへんし、そっから理Ⅲ行くのもよく分からへんし、今1000万円の借金してるのもよく分からへん

c 医学科のやばいやつ

松田:笑 確かにそうなってくると相対化とかじゃないな。

中垣:そうやねん、あの人はたぶんそんなこと考えたこともないと思う。

松田:でもまあ彼はそうだとして…世界を相対化してしまったわれわれが今から圧倒的主人公陽キャになるのは、これは可能なんかな?

中垣:そこやんな。まあ可能と信じるしかないねんけど。

松田:うん。

中垣:でも可能やとは思う。具体的な話で言うとそれこそ最近3Dにはまってるけど、これは完全に子供の気持ちやってるのね。こういうところから始まってる話やと思うねん。

松田:うんうん。

中垣:おれは3Dアーティストの名前は一人も知らんし興味も無いけど、これが大事やねん。ここに関して音楽では大失敗をしてんな。

松田:笑

中垣:自分は結構音楽を知っている、世の中におるDJと呼ばれる人の7割よりはおれの方が詳しいと。そういう自負があると…できひんねん。

松田:なるほどね。

中垣:いくら音楽に詳しくても、DJとしてはそいつらの下に立つわけよ。そこにわざわざエントリーするか?っていう。これが批評家とプレイヤーみたいな話で、世の中では大抵の場合はプレイヤーより批評家の方が知識はあるねんけど、でも批評家はプレイヤーではなくて、何もできないねん。で、批評家はいつでもなれるねん、知識さえあればいつでもなれる。でもプレイヤーはそこの恥を捨てる覚悟がないとできなくて、で、そこの恥って若いうちはあんまりないから、やろっかなって思ってすぐできちゃうわけ。

Source: commmon

c 若いうちしかできない

Problem:

Ever since you started getting “serious” about your music-making, you’ve secretly started having less fun with it. You (vaguely) remember a time when you didn’t feel this way; when you had no aspirations to be a professional, making music was always a great way for you to relax. But now that you’ve become concerned with “success,” your sense of childlike joy at just making sounds has disappeared and has been overtaken by your desire to finish songs— or even scarier: get famous.

Source: Making Music book by Ableton

Thinking Like an Amateur – Making Music book by Ableton

中垣:でもこれもスタンス次第でどうにでもなると思うねん。やり方次第で、相対化された世界の中でも子供であることはできると思う

松田:なるほどね。

中垣:もちろんいきなり全部は無理やと思うで。だから、今から音楽について子供の気持ちになるのはいったん保留。でも部分的にそういうことを実践するのはできると思うねん。

松田:それをやってるうちに…ってことやんね。そのメンタリティがいずれ、自分の足元から世界が広がっている認識と、そこでのためらいのない振る舞いにつながると

次回に続きます。

2022年5月8日
赤坂の部屋

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