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「好き」の不可侵性とワナビー

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松田:このあいだ、本屋に欲しい本がなかったからブックオフに行って適当に代わりの本をディグるっていうのをやってんけど、そのときにキッズの疑問に哲学者が答えるっていう本を買ってんな

中垣:はいはい。

松田:で、その本を編集してるのは野矢茂樹で、キッズの質問と言いつつその質問を設定してるのは彼自身やねんけど。

野矢茂樹 – Wikipedia

中垣:笑

松田:ほんで、大学で哲学やってる他の先生達にその質問に答えてもらうっていう。

中垣:はいはい。

野矢茂樹編(2013)『子どもの難問』中央公論新社
Image: Amazon.co.jp

野矢茂樹編(2013)『子どもの難問』中央公論新社

松田:その本が結構えらかってん。質問の内容は実際に子供が思いつきそうな素直で分かりやすいものやし、先生達からの答えも、あまり長くはないしテクニカルタームを使うような内容でもないねんけど、普通に誠実に、つまりきちんと哲学の問題として答えてるねんな。一回読んだだけやとすっと入ってこないくらいにはちゃんと答えてるねん。

中垣:はいはい。

松田:で、その質問の中に「好きになるってどんなこと?」っていうのがあってん。それに対する答えがこれやねんけど…

好きになることは、他者から与えられた規範性や価値に受動的に従うのではなく、自分で価値を定めることだし、自分の世界を作り、世界に自分だけのくさびを打ち込むことだ。好きになる対象にはこの世のほとんどすべてのことが含まれる。

Source: 野矢茂樹編(2013)『子どもの難問』中央公論新社

松田:…っていうくだりがあってんな。

中垣:ほー。

松田これはちょっといいなと思ったわけ

中垣:確かにええな。

みんなもくさび打ち込んでる?

松田:これと似た話として「好き」について前々から思ってたことがあるねんけど、パートナー同士で相手を束縛するのって絶対におかしいと思うねん

中垣:はいはい。

松田:なんでかって、パートナー同士の関係性においてはお互いが相手を好きになったということが、そもそもの始まりであり前提なわけ。で、この「好き」っていう認識は、それが誰かから強制されることは絶対にないねん

中垣:うんうん。

松田:だからこそ、そういう全面的な自主性に基づいた認識から始まった関係であるからこそ、その関係を根拠に相手の意思を拘束するようなことがあってはならないと思うわけ

c 他人に「してほしい」人達

中垣:うんうん。

松田:まあちょっと話がずれたけど、さっきの「くさびを打ち込むこと」っていうのにしても、何かを好きであることってほんまに尊いことやなと。それを強制されることって絶対にないねんから。

中垣:うんうん。

松田:好きって思ったら、それはもう好きやねん。

中垣:そうやんね。

松田:だから自分はこの不可侵な気持ちを軸に生きていきたいと思ったんだけれど、やっぱりそう考えると、意識の焦点をぼかして何かを好きなふりをしてそれに甘んじるような、「おれはAKB48を聴いていて幸せなんだ」っていうような態度、これはほんまに許せないというか、絶対にあってはいけないと思ったね。

c 不誠実な中流根性

中垣:そうやなぁ。でも世の中の好きって大体そんなもんやしね、むずいけどね。

松田:まあそれは思ったよ。前に河東も言ってたやん、ワナビーが無限に遡れる話

c 上には上おり過ぎ

中垣:あー、そうそう。まさにそうやし、おれが音楽好きなのも、聴き始めた頃のそれはワナビーでしかなかったし。

wan‧na‧be /ˈwɒnəbi $ ˈwɑː-/ noun [countable]

informal someone who tries to look or behave like someone famous or like a particular type of successful person, because they want to be like them – usually used to show disapproval

Source: LONGMAN

松田:うんうん。

中垣:だからこの話では、きっかけがワナビーなのを否定はできないとは思うと。というかむしろ表現が間違ってるだけで、高校のときのおれは少なくとも音楽を詳しい自分にはなりたかったわけで、そのワナビーも含めて好きでいいと思うねん

松田:なるほど。

中垣:で、前から洋服って特殊やなって思っててんけど、洋服はワナビーだけで好きになれるねん。服が好きっていうのはワナビーでしかないねん。

松田:あー、はいはい。

中垣:「音楽が好きです」って言おうと思ったらワナビーだけでは通用せえへんねん。知識として詳しくないといけないし…っていうのがあるやん。

c 若いうちしかできない

松田:うんうん。

中垣:まあほんまはそうじゃないねんけど、そう思っちゃうやん。でも服好きはワナビーでしかないねん。

松田:なるほどな。服においてはワナビーこそが好きってことやんな

シャネル ファレル・ウィリアムス
Image: CHANEL

松田の最近のワナビー

中垣:そうそう。ワナビーなだけで、そいつは服が好きって言っていいねん。だから服っていいなって。

服は人に着用されることを通して、それを着る主体にとっての客体としてだけでなく、同時に自身と一体不可分な主体の一部としても現れるという点に、その特殊さがあります。

鷲田清一(1996)『モードの迷宮』ちくま学芸文庫
Image: Amazon.co.jp

鷲田清一(1996)『モードの迷宮』ちくま学芸文庫

松田:確かにね。

中垣おれが服好きな人を好きなのも、そこのワナビーな感じをいいなって思ってるねんな

松田:でもそれを言い出すと、おれは別にワナビーじゃないねんけど服は好きみたいなところがあるねんな。これがこういうものとして好き、みたいな。

ステッチの感じが好きで買ったけど一回も履いていないギャルソンシャツのパンツ…

中垣:まあそうやな。

松田:でもワナビーだけでそれはもう服好きと言っていいんだ、みたいなところには完全に同意するな。

中垣:うんうん。

松田:音楽に関してはワナビーと好きとはちょっと違うもんな。そういう人になりたいだけって感じあるよな。

中垣:そうやねん。だからそこでやねんけど、ワナビーを受け入れるのがすごい大事なんじゃないかと思うねん

ロールスロイス乗りたいパークマンション住みたい!!!

松田:はいはい。

中垣:ここで植竹のご登場やねんけど、あいつはワナビーでしかないわけ。ワナビーのくせに音楽を好きになろうとしてるねん。でもこれはもう「ワナビーです」って受け入れた方が、多分かっこいいねん

松田:あー、はいはい。多分あれちゃう? その線でいっちゃんえらいのは『モテキ』の監督の…

中垣大根仁か。

松田:そうそう。狙ってんのかは知らんけどさ、彼って変なルサンチマンを抱えてる風というか、童貞っぽいというか、芸能人に憧れてる素人っぽいやん。

大根監督が雑誌のデート連載で学んだ“女子との会話”のコツ – 文春オンライン

文中で言及されてるPOPEYEの連載、好きです

中垣:あー、分かる分かる。

松田:その辺結構アレやねんけど、それを素直に受け入れてるからさっぱりしてるというか。

中垣:うんうん。やっぱりさ、ワナビーであることを受け入れるには度胸がいるやん

松田:そうやんな。ワナビーを認めるとそうではない自分が矮小化されちゃうから、ワナビーを認める前提には自分に対する絶対的な確信が必要やんな。何かになりたいって言った瞬間、それになれていない限りにおいては一旦負けを認めんとあかんわけやん

中垣:あー、そういうことそういうこと。だからワナビーっていうのは本来はなりたくないものやねん。最初は心のどこかのワナビーから始まるわけやねんけど、そのワナビー期間っていうのはできるだけ短くしたい期間なわけ。

松田:うん、そうねそうね。

中垣:でも本来ならばワナビー期間ってめちゃめちゃ長くて、実際のところ一生ワナビーやと思うねん。どこの第一線にいてもワナビーは続くと思うねん。

松田:うんうん。

中垣:まあ藤井聡太とかは知らんけど。

松田:笑

中垣『ミッドナイト・イン・パリ』っていう映画分かる? ウディ・アレンの。

松田:はあはあ。

中垣:前の河東の話を読んでるときもそのことを考えててん。「1920年代の作家は天才的で今の作家はクソだ」とか言ってる主人公が時代をどんどん遡ってくっていう話やねんけど、どこまで遡ってもみんな「この時代はクソだ」って言ってるっていう…

ミッドナイト・イン・パリ
Image: Amazon.com

ミッドナイト・イン・パリ(字幕版) – Prime Video

松田:はいはい。

中垣要はどこまでいってもワナビーなんだよ…というか、むしろワナビーこそが大事やと思うねん。それこそさ、微分したときの値が正であることが大事だ、じゃないけれど…

人生の線グラフにおいて最も重要なことは縦軸の値ではなく、任意の地点で微分した際の値が常に正であることだと思います。

Source: commmon

c 上には上おり過ぎ

松田:うんうん。

中垣でも好きってそういうことやん。ワナビーを受け入れることが大事なんじゃないかと思いました、そういう話。

松田:でもそうやんな。好きっていうのは不可侵な気持ちだっていうことを考えてたときに、同時に良心の囚人のことを考えたわけね

良心の囚人 – Wikipedia

中垣:ほうほう?

松田:思想犯とかってさ、やめろと言われてやめられるもんじゃないわけよ。本人はあかんことしたなんて思ってへんし、なんならそっちの方がいいと思ってるわけやん。こういうのを良心の囚人って言うねん。それを罪と言われたところでどうしようもないと

中垣:うんうん。

松田:みたいなことも考えるに、やっぱりそういう内的で不可侵性のある確信ってすごいわけ。あまりに盤石で疑いの余地もないし、他人に損なわれることもないと。だから、それを自分の人生の根拠とするのは大事なんじゃないかというか…

中垣:はいはい。

松田:ワナビーもそういうことやん。とにもかくにもおれはあいつが羨ましい、ああなりたいって思ってるわけやん。思ってるもんは思ってると。

中垣:うんうん。

松田:ここで言う「なりたいと思ってる」っていうのは、ロジック詰めてとかじゃないわけよ。もっと前判断的に出てきた、すごく瞬発力も確信もある気持ちなわけ

中垣:うんうん。むしろ確信しかない、だって思ってんねんもん。

松田:そうそう。

中垣それを信じることはどれだけ楽か…というか、簡単なことなのにね

“The hardest thing to explain is the glaringly evident which everybody has decided not to see.”

– Ayn Rand, The Fountainhead

Source: Ayn Land(2005)『The Fountainhead』NAL

松田:そう、難しいことではないはずなんだけれども…なかなかね。人生の蓋然性だけ考えると、世間知に従った方が楽とも言えるわけで。自分の好きを信じると、未来の予測可能性っていうのは低くはなるよね。

c 人生の蓋然性

中垣:まあとにかく植竹はさ、「中垣、〇〇って音楽知ってる? あれ超イケてるんだよ」とか言わずにさ、「おれ音楽詳しくなりてぇんだよ。最近こういうのがイケてるらしいぜ」って言えば、それは超ユースで超素敵なのに…

松田:そうね笑

中垣:なーんか小賢しいこと言ってきて、常に「え、おれの方が詳しいよ?」みたいなことをやってるから…

植竹ごめん

松田「おれは〜」で喋ればいいのにね。音楽好きのハイエラーキーがあって僕はこの辺で…みたいなことがチラついちゃってるまま話すからおかしなことになるねん。

中垣:そういうのやめたらいいのにとは思うねんけど、まあでも自分も結構そうやったし、なんとも言えないけどね。とにかく早くそれに飽きることが大事やね。おれも昔は「中垣はどういう音楽を聴くの?」って聞かれるのを心待ちにしてたもんね、「よしきた」って笑

松田:笑

2020年8月14日
Aux Bacchanales 銀座


ザ・サルトリアリスト
HeaderImage: The Sartorialist

ファッションスナップを15年にわたり掲載し続けている『The Sartorialist』からの一枚。ファッションスナップを紹介するブログのパイオニアであり、写真集として書籍化もされている。同ブログを運営するフォトグラファーのScott Schumanは2009年に、TIME誌による「世界で最もデザインに影響を与えた100人」の一人にも選ばれている。
『The Sartorialist』のページをめくりながら「あれ、この格好ちょっとしてみたいかも…」と思ったそのとき、それこそがまさに自分の中の服好きが頭をもたげた瞬間なのです。