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『「いき」の構造』の先にある信頼のゲーム

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なつき:先週の結婚の話じゃないけどさ、何かを選ぶことはその他の可能性を捨てることだっていうのは本当にその通りだなと…

c 結婚は自由と背反なのか(たぶんそんなことはない)

松田:はいはい。

なつき:「この相手とこうなるかもしれない…」っていうのが一番楽しいのに、その可能性を全て切るっていうところが確かに結婚にはあるなと思って。

松田:そうね。なんか、そういう価値観の延長線上に結婚を捉えるとなかなかしんどいと思うねんな。九鬼周造の『「いき」の構造』って知ってる?

c タイのゴーゴーバーと『「いき」の構造』

なつき:いや、概要を説明してもらえるとありがたい。

松田:「いき」っていう言葉があるやん? これは日本の風土に根ざした言葉であって~みたいなところから話は始まるねんな。フランス語の chic みたいに「いき」の訳語にできそうな言葉を挙げながら、とは言えそのいずれとも違うところがあると。

いき【粋】

(「意気」から転じた語)
①気持や身なりのさっぱりとあかぬけしていて、しかも色気をもっていること。歌舞伎、与話情浮名横櫛「その粋すいな多左衛門どのなればこそ、かうした―なお富さんを」。「―な着こなし」
②人情の表裏に通じ、特に遊里・遊興に関して精通していること。また、遊里・遊興のこと。「―なはからい」「―筋」↔野暮やぼ

Source: 新村出編(2008)『広辞苑 第六版』岩波書店

なつき:はいはい。

松田:それをふまえて「いき」という言葉についての説明が始まるねんけど、その具体的な内容に入る前に、この本のえらいところについても言及しておきたい。この本では「いき」の説明を内包と外延の両方向から試みてるねん…内包っていうのは「本質的にどういうことか」、外延っていうのは「具体例としてはどういうものがあるのか」ってことね。

ない‐ほう【内包】

①〔論〕(intension; connotation)概念の適用される範囲(外延)に属する諸事物が共通に有する徴表(性質)の全体。形式論理学上は、内包と外延とは、反対の方向に増減する。例えば、学者という概念は、哲学者・文学者・科学者・経済学者などの学者の全種類を包括するが、学者という概念に「哲学研究」という徴表を加えると、内包はそれだけ増加し、外延は反対に減少する。内容。
②内部に含み持つこと。

Source: 新村出編(2008)『広辞苑 第六版』岩波書店

がい‐えん【外延】

(extension) 〔論〕ある概念の適用されるべき事物の範囲。例えば金属という概念の外延は金・銀・銅・鉄などである。↔内包。

Source: 新村出編(2008)『広辞苑 第六版』岩波書店

なつき:はいはい。

松田:そういうふうにアプローチがすごく誠実というか、言語に対して誠実なまなざしを向けて、きちんと構造化して内から外から丁寧に詰めていってる感じがあるねん

なつき:うんうん。

松田:大学生で初めて読んだときは「まあそういう説明の仕方もあり得るけど、なんか無理矢理じゃない?」みたいに思っててんけど、今となっては、こんなに誠実にひとつの言葉に向き合うなんて素敵だし、ひとつの仮説として説明を提案するような態度も非常に建設的だなと思えるのね

九鬼周造(1979)『「いき」の構造』岩波文庫
Image: Amazon.co.jp

九鬼周造(1979)『「いき」の構造』岩波文庫

松田:で、肝心の「いき」についての説明なんだけど、それは第一義には媚態、媚びている態度であると

なつき:うん。

松田:ただ、その中にまず意気地がある、つまり媚びはするんだけど一方でそこには異性に対する反抗も見え隠れするというか、媚びに媚びきるのではなく、ときには理想主義的にはねつけることもあるって感じらしいねん

なつき:あー。

松田媚びはするけど靡きたくはないみたいな、まあ江戸っ子の気概的なやつ?

なつき:意気地って意気地無しの意気地だよね?

松田:そうそう。具体例としては何が挙げられてたっけな、遊女は金を積まれたからって靡いたらあかんみたいな話やったと思うねんけど…

「金銀は卑しきものとて手にも触れず、仮初にも物の直段を知らず、泣き言を言はず、まことに公家大名の息女の如し」とは江戸の太夫の賛美であった。「五丁町の辱なり、吉原の名折れなり」という動機の下に、吉原の遊女は「野暮な大尽などは幾度もはねつけ」たのである。

Source: 九鬼周造(1979)『「いき」の構造』岩波文庫

なつき:うーん。

松田:で、さらに意気地に加えて諦念もある、つまり媚態が成就しないと経験的に知っているからこその無関心、執着を捨てたさっぱりとした心持ちがあると

なつき:うんうん。

松田:なんしかそういう、意気地と諦念をともなった媚態を「いき」と言うんだよっていう、そういう話。

この豊かな特彩をもつ意識現象としての「いき」、理想性と非現実性とによって自己の存在を実現する媚態としての「いき」を定義して「垢抜して(諦)、張のある(意気地)、色っぽさ(媚態)」ということができないであろうか。

Source: 九鬼周造(1979)『「いき」の構造』岩波文庫

なつき:ふーん。

松田:まあおれの説明がザル過ぎるって話はあるし、すぐに読める本やからぜひ買って読んでほしい。ちゃんとアフィリエイトリンク踏んでね。

なつき:はい、買います笑

松田:ちなみに今言ったような「いき」の様態は、X軸に媚び媚びられる両者の距離、Y軸に媚態の強度をとると上手く図示できると思ってて…

なつき:はいはい。

九鬼周造(1979)『「いき」の構造』岩波文庫
Image: commmon

松田:両者の距離が狭まるにつれ媚態の強度は上がっていくねんけど、このグラフとY軸との交点は白抜きの丸、つまりそこは含まれなくて、それに対応して原点が黒塗りの丸になると思うねん。

x=0 のとき y=0、x>0 のとき y=~

なつき:うん。

松田:つまり両者の距離がついにゼロになったとき、これは具体的には結婚でもマブガールとのセックスでもいいんだけど、そうなると媚態の強度はゼロになるって話。この x=0 における真相を知っていてこその意気地と諦念やと思うねん

なつき:うーん。

松田:やっとここで、「これは成就するのかしないのか…」みたいな状況が一番アツいって話に戻るねんけど…

なつき:はいはい笑

松田:異性間の関係性には、多かれ少なかれそういうコケトリーゲームみたいなところがあるんじゃないかと思っていて、その線でいくと結婚っていうのはそのゲームの終焉も終焉なわけ

なつき:はいはい。

松田:だからそういう価値観でのみ評価すると結婚なんてシケたものでしかないわけで、やはりそこには積極的なパラダイムシフトが必要なんじゃないかって

なつき:なるほど、確かにそうだね笑 その話って付き合い出す瞬間にも言えると思うんだけどさ、付き合ったら秒で飽きちゃうみたいなことってあるじゃん。

松田:そうそう、そういう話。どこにゴールを見出すかだけの違いやんね。

なつき:それを経てどうなるんでしょうね。媚態が…信頼に変わるんですかね

松田あー、確かに。普通にそれが正解な気がする。でもそう考えるとそれこそ山本みたいな、中垣は「聖と書いてひじりと読む」とか言ってたけど、そういう媚態飛び交うコケトリーゲームに興味無さそうなピースフルなやつが早くに結婚して信頼のゲームへのコミットを始めるのも、まあ分からんではないよな。

c 子供を育てられる気がせん

2020年11月27日
Aux Bacchanales 紀尾井町

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九鬼周造(1979)『「いき」の構造』岩波文庫
HeaderImage: トンガ坂文庫

「いき」の現象をその構造と表現から明快に把えた『「いき」の構造』。著者の九鬼周造は、母親は祇園の芸妓、自身を妊娠中の母親が岡倉天心と不倫をする、死んだ兄の妻の縫子と結婚する、縫子と離婚し祇園の芸妓と再婚するなど、そりゃあ「いき」についての洞察も深くなりますわなという経歴の持ち主。

【新刊】「いき」の構造 他二篇 | 九鬼周造 – トンガ坂文庫