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価値の選択における、桃栗三年柿八年的な話

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中垣人々がインスタントなものを求めるのには、やっぱり焦燥があると思うねん。待てないねん。

松田:はいはい。

中垣:もっと言うと、あまりに観念的な部分で生きていて、実際のところ何歳まで生きるかなんて分からないのに「20代のうちにこういうことはしておくべきだ」みたいなことを、人と比べながら逆算して考えてると。

松田:うんうん。

中垣:だから、例えば読むのに2日3日かかる小説を読もうとはしないと。なぜならそのパフォーマンスが見通せない、だから読めない

松田:うん。

トルストイ(2006)『イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ』光文社古典新訳文庫
Image: Amazon.co.jp

すぐ読めてパフォーマンス抜群、トルストイの短編をどうぞ

トルストイ(2006)『イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ』光文社古典新訳文庫

中垣:…でも焦燥とは言うもののさ、夜は寝るし、歯磨きもするわけやん。

松田:あー。

中垣:つまり、一つ一つの行動のパフォーマンスを徹底的に考えちゃうような人でも、歯磨きはするし、きっと他にも無駄な習慣とか癖があったりしちゃうわけ

松田:なるほどね。

中垣:だから結局、寝るとか歯を磨くみたいな特に意識的ではない行動については、実はすごくマイペースに、コスパを考えることなく取り組めているねん。おれはそういう行動に希望を見出しているというか…

松田:はいはい。

中垣:まあいったんはここまでやねんけど。

松田:5分ちょっとで口がすっきりするのはむしろコスパ最高、あるいは歯を磨かなかった場合のディスインセンティブが大き過ぎるって話はあるで。

小学生のとき、イケメンなのに週一でしか歯磨きしないから口臭くて嫌われてるやつがいたわ

中垣:まあそれはあるよな。でも、これだけは譲れないんだよなみたいな、そういうのって誰しもありそうやん

松田:うん、それについては同意する。帰り道、ちょっと遠回りやけど猫がよくいる道を通るとかね。

中垣:そうそう。そういう、自分にとってはかけがえのない何かで、しかも自分では特にそうは思っていないもの。

本当にしっくりきているものって空気と一緒で、なくなって初めて困るんだけど、それがあるうちはそのことをことさらに意識することはないのよ。つまり“““こだわり”””みたいなのって絶滅すればいいって話なんだけど…

松田:うん。

中垣:そうしたときにさ、意識的な選択をしている領域では他の選択肢との比較が問題になって、一方で無意識的な選択をしている領域ではそもそも比較はしていなくて…つまり、意識的な選択が可能なんだけれども、それを比較はしないっていうのがすごく難しくて

松田:はいはい。

ダニエル・カーネマン(2014)『ファスト&スロー』早川書房

中垣:それで言うとさっきの歯磨きとか猫の道とかって、ほとんど無意識的に選択をしている領域の話だから、単純に「遠回りして猫を見に行くのと同じ気持ちで読書をすればいいんじゃない?」って言っても、意識的に本を手に取っている時点で何かしらの比較は避けられなくて…

松田:なるほどね。

中垣:こういうことを考える背景には、今の自分が持っている尺度で測れないことについては判断を保留するというか…そういう態度は大事な気がしていて

松田:うんうん。

中垣:例えば何かの小説を読んでみて「ちょっと分からん」ってなったとき、その小説がクソだっていう判断は別にしなくていいんじゃないかと思うねん。

松田:うん。

中垣これは対象を人に置き換えると分かりやすいねんけど、ちょっと気になるなと思った相手に声をかけて話してみて…でも全然バイブスが合わなかったと。これで相手がクソだって言ったら、それはだいぶやばいやん。これは相手が人じゃなくてもそうやと思うねん。

自☆戒

松田:まあ…中垣が言うのとはまたちょっとちゃう話な気もするけど、これは前からずっと思ってることでさ、イエスとノーの間には分からないっていう領域があるねんな。

中垣:あー、それずっと言ってるな。

松田:本を読んでしっくりこなかったとかもそうやねんけど、少なくともイエスではないにしても、それはすなわちノーだとはならへんのよ。それは単に、判断するに十分な根拠がないっていうだけやねん。

中垣:うんうん。

c 母親が陰謀論者やねんけど…

松田:で、じゃあノーなのか分からないのかの見極めにあたって、やっぱり目的が大事やと思うねんな。

中垣:あー、はいはい。

松田:まああれやで、中垣の言いたいこととは話がちょっとちゃう気はするで。でもさっき言ってた声をかけた相手がクソだったっていう話も、こちらからほとんど積極的なはたらきかけをしないという条件で、今晩手軽なセックスがしたかったのにその道筋が見えなかったというような状況であれば、それはまあクソというか、ノーだったと言ってもいい気はするやん。

中垣:そうね、それはそうやね。

松田:そういうことは思っていて…で、その目的とか着地点を時間的に遠くに置けば置くほど、そこまでの経路は一意には決まらなくなってくるから、すぐにイエスかノーをはっきりさせようとするメンタリティだと因果のリーチが長い達成はできなくなるよね、みたいには考えるかな。

中垣:うんうん。

松田:まあ中垣の言いたいこととはちょっとちゃう気はするねんけどな笑

中垣:そう。そういう理屈での説明もあると思うし、自分がそう言うこともあるねんけど、今の気分としては、その目的すらも定めない…もちろんこれは危なくはあるねんけど、でも目的すらも保留されてる感じをおれは求めてる気がする

松田:うんうん、なるほどね。目的すらも保留されてる感じね。

c 人生の蓋然性

中垣:まあ言ってることおかしいねんけどね。

松田:いや、でも分からんではないで。判断的になるか探索的になるかというか…そもそも何事に対しても目的を持ってなんていられるわけはないんだから、人生3割アンダーコントロールならそれでいいんじゃないか、みたいなことは思うよ。

死なずにいること以外アウトオブコントロールなんですがそれは…

中垣:そうそう…うん、でもまさにそうで。アンダーコントロールでない領域に対して、きちんと自覚的であるべきだというか。

松田:本当に全てをアンダーコントロールにして、リターンの不確かな小説なんて読まないぜっていうのは…ジェフ・ベゾスになるくらいのやつじゃないと言うたらあかんね。

中垣:そうそう。だから食わず嫌いはせずにまずは食ってみて、それで美味しくなかったとしても別にいいやん?というか。おれは椎茸が嫌いやけど、美味しいっていう人もおるねんから

松田:open-minded になろうって話やね。

中垣:そうやね、シンプルにそう。で…そうなれない根源にあるのは傲慢さやと思うねん。自分の認識できる価値が全てだというか…

松田:あるいは、世界は広くて自分の知らない価値が存在していることも知っているのに、自分はここまででいいという、狭量で不誠実な…

中垣:うん、そうやと思う。おれはオルテガのあの一節を思い出しながらずっと考えてる

松田:うんうん。

オルテガ・イ・ガセット『大衆の反逆』岩波文庫
Image: Amazon.co.jp

むしろ現代の特徴は、凡俗な魂が、自らを凡俗であると認めながらも、その凡俗であることの権利を大胆に主張し、それを相手かまわず押しつけることにある

Source: オルテガ・イ・ガセット(2020)『大衆の反逆』岩波文庫

オルテガ・イ・ガセット(2020)『大衆の反逆』岩波文庫

中垣:あのメンタリティはやっぱりある気がするねん。「え、別にYouTubeおもしろいしそれでいいじゃん?」って言う裏側には、本当は自分も腰を据えて何かに取り組んで、その深みに到達できる人生でありたいと思いつつ、今どきそんなの流行っていないから、そう言っても誰にも咎められないし…っていう、そういう腐れ中流根性があるというか。

松田:ほんで問題は、「別におれはこれでいいし」とか言ってるやつは大体において…別にそれでいいとなんて思ってないねん。

中垣:常に「?」がつきまとってるというか…

松田:彼らは主体的にそれを選択しているのではないし、さらによくないことには、そのことに対して後ろめたさを感じているくせにそんなことないフリをしてるねんな。

Source: commmon

c 不誠実な中流根性

松田:あとほんまのことを言うたらさ、腰を据えて古典なりに取り組めば、長いスパンではより大きなものが回収できる…みたいなことさえ言ったらあかんねん

中垣:そうそう。

それだとNISA止まりですから

松田:別に回収できなくてもいいねんって。そう割り切る勇気がないとあかん。そこから始めんと、何も始まらんからね。

中垣:そうやねん。それはまさに今、自分にとってクリティカルな話で…それこそ一昨日、2×4材を隠すのにそこまでこだわるのならデザインの仕事をした方がいいよってことを藪内にも言われて。

松田:うんうん。

中垣:あとはちさとと話してるときにもそういう話にはなってんな。でも自分の中には…まあシンプルに言えばデザイナーで終わりたくはない、より多くの人に影響を及ぼしたいみたいに思うところもあって

松田:はいはい。

c 若いうちしかできない

中垣:あるいは、せっかくいい学歴があるんだからそのレバレッジを活かせることがしたいみたいな。

松田:分かるよ。

同じ境遇ではないぞ

中垣:やっぱり今やってる仕事とかってその価値が測りやすいし、かつ効用も高いのよね。そういうキャリアを捨てきれない部分はあって。

松田:うん。

中垣:あとはそれだけじゃなくてシンプルに自分の思いとしても、素晴らしい家をひとつ建てるよりは、住宅の標準規格みたいなのを定める際に「ひっかけのシーリングは一部屋につき3つ以上つけること」って決めるみたいな…

松田:笑

中垣:そういうことの方がおれは価値を感じるわけ、そっちの方が全体の底上げにつながるからね。でも一方でそれが、素晴らしい家をひとつ建てることへのコミットがないことへの言い訳にもなっていて。

松田:うんうん。まあ分からんけどさ、普通にどっちもやればいいんじゃないかみたいな話はあると思うねん

中垣:はいはい。

松田:それこそおれも、一昨日大森さんと話したときに Sophie Buhai のピアスをおすすめしてんけど、我ながらかなりいい説明ができたと思うのね。で、それだけ説明ができるんなら販売員になればいいじゃないって言われたのね。

中垣:うんうん。

Earrings and Hoops – SOPHIE BUHAI

松田:でもそれはちゃうねん。それをやろうと思ったら、焦点をぼかしてより広くにリーチするような説明をせなあかんようになるねんけど、そうやって本当に情緒的な価値をカウンタブルなものとして扱うと、もうその時点で破綻してまうわけ。

中垣:うん。

松田:だから本当に情緒的な価値は、最も慎重に取り扱っておけばいいと思うねん。どうせこの先、人が生きていくのにまじで必要なものはより高度にコモディティ化していくやん。Amazonのおかげで全員翌日配送してもらえるみたいなさ。

中垣:うんうん。

松田:そういうものは、70億人が同じものを高度に洗練された形で使うという方向で収束していくと思うねんな。でも一方でそうではない価値については、むしろ、数百人からせいぜい千数百人に明確に焦点を当てなければいけなくなってくると。まあたぶんそうやん。

中垣:うん。

c Nurture your own local

松田:で、おれのジュエリーへのコミットメントは後者的なものやねん。だからそれを、一般的な意味合いでの商売にすることはない。おれの知らない同等の価値を提供してくれる人へのリターンとして差し出すことはあっても、一対多の構造で、微分に微分を重ねた形でばら撒くようなことはない。

松田からジュエリー貸与されてる人へ、ほんと買い取ってくださいね

中垣:うんうん。

松田:だから、中垣の2×4だってそういうふうにやってればいいんじゃない? だって突っ張り用のエンド金具、ほとんど見えないんであればダサくて安いネジのやつでいいですって人がほとんどやで。仕事にするっていうのはかなりの部分そういうことになるねんで。

中垣:まあそうやね。

松田:もちろん一方でね、最低3つのひっかけをスタンダードにするようなこと、こちらにもなんとかしてコミットしなければいけないと、おれはむしろそちらが課題やねんけどさ。


中垣:まだ17時やのにこんなに暗いねんで。

松田:むしろラッキーやって。これが夏なら、この暗さはもう20時やで。そろそろ一日の締めを考えなあかん時間やもん。

中垣:それポジティブ過ぎるからね笑

松田:でもまだ17時なわけ。夜ご飯を食べるにしてもちょっと早いし、まだまだ今日という日を楽しめるよ。

中垣:おれは明るさ基準で生きてるねんって。時間基準で生きてるの、だいぶ観念的やと思うで。

松田:「え、まだどこも閉店してないんですか? こんな暗いのに?」みたいなね。中垣は明暗っていうフィールの世界で生きてるんやろうけど、おれは時間ベースで、社会の中で生きてるの。

中垣:実態は逆やねんけどなぁ…

2021年12月19日
Aux Bacchanales 紀尾井町

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