Categories
したいこと 人生 思索 未来

人生の蓋然性

7 months

11 minutes read

今回は本当に文字数が多いです。断定的なステートメントがあるタイプの内容でもないので、ぜひ一緒に悩んでください。

松田人生において偶然をどう捉えるべきかっていうテーマがあるねんけど。

中垣:はいはい。

松田:まあ普通の話っちゃ普通の話やねんけどな。例として、おれが自分にとってこれこそはと思う本について考えたとき、三冊挙げるなら鈴木大拙の『禅』と井筒俊彦の『意識と本質』と、あと『臨済録』になるねんけど…

この三冊に限っては欲しい人には買ってあげるよ

中垣:うんうん。

松田:この三冊のうち『意識と本質』はまあタフな本やからいったん置くとして、『禅』と『臨済録』は確実に100回以上は読んでんな。 

中垣:うんうん。

松田:でもそこまで読んだ『臨済録』やねんけど、おれ別にこれ買おうと思って買ったわけじゃないねん。実家に帰省してるときにどうしてもやることがなくて、駅前のしけたブックファーストの岩波文庫の棚から、ギリギリ興味を持てるものとして手にとっただけやってんな。

中垣:あー。

松田:例えば『禅』とかやったら、当時の興味の文脈に合う内容を期待できるだろうっていう、そういう目的意識があって手に取ったって感じやねんけど、『臨済録』は完全にたまたまやったわけ。

中垣:『臨済録』を手に取る前に禅に興味を持ってはいたん?

松田:もちろん既に禅に興味はあったよ。ただ『臨済録』に関しては、それが禅文脈の本であることさえ知らんと買ってん

中垣:あー、ほんまに知らんと買ったんや。

松田:そうそう。岩波の青で、内容が仏教っぽいってだけで買った。

中垣:そういうことね。

松田:それにちょっと開いて見たくらいではさ、漢字だけの原文があって、書き下し文があって、現代語訳があるみたいな構成で、全然おもんなさそうやねんけどほんまにやることがないから仕方なしに買って、駅前の意味分からん茶店で読んでん

(1989)『臨済録』(入矢義高訳注)岩波文庫
Image: 岩波書店

ほとばしる霊性、間断なく展開される禅的論理、誤解を恐れぬ直指、まさに禅のカッティングエッジであり、これこそが思想のパンクロックである。全員読め。

c (1989)『臨済録』(入矢義高訳注)岩波文庫

中垣:はいはい。

松田:まあとりあえずはそれだけの話。で、何が言いたいかやねんけど、今から言うことは例えばユニクロの柳井さんにはあたらないねん。彼みたいに、自分のなすべきことを決定してそれを要素に分解して取り組んだら24時間365日が埋まって、あとはそれに粛々と取り組むのみって人には関係のない話やねんけど…

中垣:うんうん。

松田:まあそうなりたいとは思いつつ、今の自分は全然そうではないし、なんなら一生そうはなれないかもしれない。

中垣:うんうん。

松田:ってなったときに、確かに人生の主な文脈においては自分のなしたいことを決定してそれを要素に分解して取り組むみたいな、そういう判断的で積極的な選択をするわけだけれども、ほとんどの人にとって24時間365日はそれでは埋まらないわけ

平日の仕事終わりに不毛なYouTubeを見ることもあれば、休みの日だってボーッとして過ごすこともあるし、長期休暇って言われても特別やりたいことはないからとりあえずハワイでお茶をにごして…

松田:例えば何も考えずに電車に乗ってるときとか、ちょっと時間を潰すために茶店に入ってるときとか、そういう全く積極性の見られないタイミングって結構あって、でもそれが一定の時間になる以上、そこからだってそれなりのものを拾い得るんじゃないかと

中垣:うんうん、要はセレンディピティ的な話?

セレンディピティ – Wikipedia

松田:あー、まあそうっちゃそうなんかな。

中垣:つまりアロンアルファ的なさ。

松田:アロンアルファの開発経緯は知らんで笑

中垣:なんかそうらしいよ。実験中にたまたま溶液が固まって、それをきっかけに製品化されたらしい。

シアノアクリレート – Wikipedia

松田:あー、それでいくとおれが言いたいのはさ、別の何かに取り組んでいるときに偶然の副産物として~とかでさえないわけ。何かを期待していたところでそれとは全く別のものが得られたとかでさえなくて、全く何も期待していなかったタイミングで得られるものについて話したいねん。

中垣:あー、なるほどね。

松田:何も期待していない時間であっても、その時間が一定にのぼる以上、そこには何かを期待し得るというか…

c 今日何をしたかが全て

中垣:うんうん。

松田:だから、世界に対するポジティブな期待だけは常に持っていようねって話やねんけど。

c サラリーマンの矜恃なんかより大事なこと

中垣:なるほどね。WEEKLY OCHIAIの銀髪先生おるやんか。

宮田裕章
Image: 日経BP

宮田先生な

松田:はいはい。

中垣あの人と落合陽一が「暇な時間って大事だよね」って話をしててん。アメリカの割とどこの大学の研究室でも、みんな忙しいし好きでやってるからずっと研究しちゃうねんけど、週に半日やったかな?は何もしない時間を絶対に作れって言われてるって。

松田:へー。

中垣:そういうのがあるらしくて、それも同じような意味なのかなとも思いつつ、でも単純にそれだけやと「クリエイティビティーは意図しないところから生まれる」みたいな、そういうどうでもいいデザインシンキングっぽい話になっちゃいそうやなとも思うし…

なぜデザイン思考はゴミみたいなアイデアを量産してしまうのか – note

リンク先の文章、完全に頭いい人の書くそれで超好き

松田:そうやね笑 その考え方は結局回り回って成果を期待してるわけで、それは違うわけよ。

中垣:そうやんね。

松田「いいアイデアが思い浮かぶかもしれん」って思って散歩するやつは既にアウトやねん

中垣:そうそう。

積極的に過ごしていない時間からも何かが得られると期待することがよしとされる一方、いいアイデアが浮かぶことを期待して散歩をすることがダメなのはなぜなのでしょうか。
それは、前者の期待はまだ見ぬ世界へのopen-mindedな好奇心からの、それ自体が目的であり手段となっているものであるのに対して、後者の期待は偏狭に規定した世界のみが対象となっている、自己目的的な合理性を根拠とする打算的な手段でしかないからです。
既存の合理性を根拠として肯定されている価値以外にも主体的に見出されるべき価値は常に存在しているという立場からは、既知の課題の役に立つ未知の手段があるかもしれないという後者の立場からさらに一歩進め、未知の課題とそこから生まれる未知の手段を積極的に見出そうとする前者の立場こそがベターなスタンスだと信じています。

松田:そういうことじゃなくて、世界に対するもっと漠然とした期待が大事というかさ

中垣:まあそうね。一応のところそれは偶然だったとラベリングしとくけど…もちろんそれが必然だったなんて、わざわざそんなスピったことは言わへんで、でもその本を手に取った以上、それは取るべくして手に取ったと思っていいんじゃないかとは思うな

“Dans les champs de l’observation le hasard ne favorise que les esprits prepares – Where observation is concerned, chance favours only the prepared mind”

– Louis Pasteur

Source: goodreads

松田:うんうん。

中垣:だからわざわざ「たまたま出会った本が人生を変えました」みたいに喧伝するのも違うよな。

松田:そうそう、間違いないね。

中垣:言い出したら、逆に誰だってそんなもんやん。「こういう服を着たい」にしたって、たまたま駅で見た広告に影響されて…とかなわけやん。そういうのは全然ある話やと思うし、これ以上はね「脳神経が〜」とか「認知科学では〜」みたいなどうでもいい話になってくるからね…

松田:まあまあ。

還元主義が嫌いな二人である

還元主義 – Wikipedia

中垣:だから偶然か計画に基づいた選択であるかの区別にはあんまり意味はないなとも思いつつ…でもどうなんやろう、todoによって埋まっていない余白にも見出し得るものがあるんじゃないかって話?

松田:うーん、まあそうやね。todoリストが全てではないと。todoリスト以前に、人生にも世界にも豊かさはあふれているというか…

中垣:でもほんまそうやと思うで。今に先立つ未来はないというかさ

松田:うんうん。

中垣todoなんて未来の話やん。まあね、今のバイブスが変わったらtodoも変わり得るんだぜっていう前提のもとで、とは言え今すぐにここでやりたいことがあるわけではないから、とりあえずtodoに取り組もうっていうのなら分かるけど。

未来への嘱望も過去への執着も人生の本義ではありません。前後を切断されたまさに今ここが人生なのです

松田:おれさ、オンとオフとかパブリックとプライベートとか、そういう考え方がすごい嫌いやねん

中垣:はいはい。

松田:どう言えばいいんやろう、オンでめっちゃ働いてオフでパッシブにリラックスするみたいな、それはちょっと違うんじゃないかみたいなことが言いたいねんけど…

中垣:うんうん。

松田:そりゃオンと状況は違えど、オフにだって自分なりにコミットして何かしらを実現していくべきで、自分の人生の要素として責任を取らなくてもいい感じのものになっているのが気持ち悪いというか、平日5日というtodoだけをこなして残りは出力60%になってるのはどうやねんというか…

c 自分を過小評価してはいけない

松田:だから結局、人生はバイタリティと、世界に対する積極的な興味を持てるかゲーですよっていう話やねん。できるやつはどこで何やっててもできると。

中垣:まあまあ。でもそうやなぁ、間違いなくそうやと思う。todoがないと豊かじゃない、それをもって充実とするっていうのはほんま意味分からんくて…だってどっちかというと、おれはtodoっぽい考え方が嫌いやもん。

松田:はいはい。

中垣:未来のありたい自分からバックキャストして「今やるべきことはこれだ」みたいな考え方。そんなんどうでもいいって感じ

松田:そうやなぁ。

中垣:まあでもそもそもの話からして、なんとなく言いたいことは分かるというか。もし『臨済録』を選んだことを偶然と呼んでしまうのであれば、もしかしたら全く違う本を選んでいて、今の自分なら否定するものにドハマりしていた可能性だってあるって話になってしまうけど…

AKBの写真集買ってなくてほんとよかった

c 不誠実な中流根性

中垣:でも、それはそうじゃないんだというか、いずれにしたってその本なりそれに近いものなりに出会っていただろうっていう気持ちを持ちたいというか

松田:うんうん。

中垣:うん、そういうのはあるな。

中垣:…『バタフライエフェクト』って映画観たことある?

松田:映画? 知らんわ。

Source: Movieclips/YouTube

中垣:バタフライエフェクトってあるやん、まあそういう話。ちなみに映画とは関係ないねんけど二重振り子っていうのがあって、これがおもろいから後でWikipediaで調べといてほしいねんけど…

二重振り子(にじゅうふりこ、英: double pendulum)は振り子の先にもうひとつの振り子を連結したもの。振り子を一旦揺らすと、カオスと呼ばれる極めて複雑で非周期的な運動が発生することで知られている。実物を比較的手軽に製作可能なことから、カオス現象の紹介や入門としての演示実験によく使用される。

Source: Wikipedia
二重振り子 軌跡
Image: Wikipedia

二重振り子 – Wikipedia

松田:笑

中垣でも映画もおもしろいから観てほしいねん。主人公が何かしらのシナリオで生きていくねんけど、どっかのタイミングでこのシナリオは嫌だって思ったんやったかな、そうしたら全然違うシナリオに変わって、しかもそれがちょっとしたきっかけで全然違う結果になるねん。

松田:はいはい。

中垣:いじめをしていたやつはめっちゃいいやつになってて、自分は半身不随になってるとか。

松田:はいはい。

中垣:そういう、ちょっとしたきっかけで全然違うシナリオをいくつか経験した後で、やっぱり最初のシナリオでよかったってなってハッピーエンドっていう話やねんけど

松田:あー、なるほどね。

中垣:なんか自分の人生でさ、あそこでこういう場所にいなかったらこうはなってなかったとかって、それは間違いなくあるねんけど…

松田:うんうん。

中垣:もちろん気持ちとしてはさ、どんな道を経たとしてもおれはおれだと思っていたいねんけど、おそらく全てにおいてそうだとは言えなくて…うーん、どうなんやろ。偶然かぁ…いや、でもおおいにあるやろうな。これはもう偶然としか言えんみたいなのは

松田:まあまあ、いずれにしてもそれだけの話やねんけどな。だからと言って人生に対する効力感を失わなければいけないという話でもないし

中垣:でも大学入って以降ってそういうのは少ないかもね。逆にちっちゃい頃って偶然ばっかりやん。

松田:あー、そうねそうね。

中垣:自分はこれがしたいって決めていったはずなんだけど、実はそうではない部分ですごい影響を受けてたっていうのはあるやん。

松田:うんうん。

中垣:でもそう考えると、そもそも今でもどっちかというと偶然に近いというか、あまりこう一貫した意志で何かを決定してそれに取り組んでいくっていう感覚はないかもな

ですよね

松田:あー。

中垣去年のアメリカ旅行とかも、今考えるとなんで行けたんか分からへん。もちろん行きたいとは思っててんけど…

c アメリカ旅行のお土産

松田:行きたいとは言ってたよね。

中垣:言っててんけど、でもレンタカー借りて何百キロも移動するなんて、よくそんなことできたなって。

松田:まあそうやんな。結構タフなことしてるよな。

中垣:そうそう。しかも初日からホテルもとってないから、とりあえずシアトルに飛行機が着くことしか分かってなくて

松田:うんうん。

中垣:で、レンタカーどうやって借りるんかも保険どうしたらいいんかも分からんけど、とりあえず向こう着いてから空港でググって、保険入って車借りて、どこまで行くか分からんままシアトル出て、とりあえずポートランドまで行ってそこでエクスペディアでホテル探して…そんなんようできたなって。

松田:そうやんな笑

中垣:でもイランも結構そうじゃない? 旅行ってそうなるよな。

松田:そうそう、旅行はそうなるよな。

中垣不確実なことが多過ぎて、普段ならなんでそんなことができるのか分からんことができてまう

松田:だってイラン行ったときさ、適当にドル持って行って、たまたまドルの価値が3倍になってたからよかったけど、それでも持ってった現金ほぼ全部使ったし、ドルの価値が想定通りならどうするつもりやったん?っていう。

外国人が現金を引き出せるATMはイランにはないのです

c 【シリーズ イラン】取引における信義則

中垣:そうやんな。旅行なんてそれこそ偶然のたまものでしかないし、でも結構な影響を人格に与えるやんか

松田:うんうん。

中垣:そう考えるとやっぱり、人生はむしろそっち側なんじゃないかなって…

松田:そうそう。だから個人的にはね、この話はそこに着地させたいねん。バックキャスティングに人生を設計しようとするのは間違っていて、今、目の前にある世界に全面的な誠実さを行使しようねって

中垣:おれ、会社の前のコーチが完全にそういうタイプの人間やってんな。

松田:あー、バックキャスティングな?

中垣:そう。ひたすらそういう考え方をしてて、それをコーチングやと思ってんねん。

松田:笑

中垣:全然意味分からんかった。明日病気になったらどうすんねんって

明日突然病気になっても、昨日までと変わらず人生と世界を肯定的に確信しそれに働きかけ続けられることこそが大事なことなのです

松田:そうやんな笑

中垣:なんかまあ、偶然選んだことに特に意味づけを行おうとは思わないけれど、でもそれを選んだ自分は好きになれるというか。

松田:そうやね。いったんバックキャスティングではない、全てが偶然だという見地に立った上で…

中垣:そう。とは言えおれは『臨済録』を選んだし、それはえらいと。そういうのはあってもいいと思う。

松田:スピらない範囲でね。

中垣:そうそう笑

中垣:そう思うとさ、これちょいちょい考えるねんけどさ、旅行って不確実なことばっかりで、日常から考えるとストレスフルに決まってるねんけど、でも行ってみたら案外いけるやん。もちろん帰ってきたら疲れるねんけど。

松田:行ってる間はね、バイタリティビンビンですよ。

旅行でずっと元気でいられるのはほんと不思議

中垣:こうなってくるとさ、おれらが普段大事にしてる日常の秩序ってなんなんだみたいな気持ちに結構なるねん

松田:笑 確かに。

中垣逆に普段から旅行の気持ちでおったら、別に明日家がなくなってもいいと思えるんじゃないか、とか

松田:あー、普段から旅行の気持ちっていうのは確かにいいな。

中垣:じゃない? だって普段の感覚やと、それこそ帰ってきて家が燃えてたら嫌やん。

Source: 20th Century Studios/YouTube

月一でこれ観て、バックキャスティングな人生への批判的意識を養いましょう

松田:うんうん。

中垣:でも普段から旅行の気持ちでおったら、実際に家が燃えてたら「アー…」とは思うけど、案外なんとかなるはずやん

松田:うんうん。

2020年7月31日
Aux Bacchanales 紀尾井町


HeaderImage: chico corrales/YouTube

1999年公開の映画『Fight Club』。高級コンドミニアムにこだわりのインテリアを揃えて何の不満もない生活を送りながらも不眠症に悩まされている会社員の「僕」と、男性的な自信にあふれ性的にも自由なタイラーとの対比を通して、前後を切断された今ここに結果を顧みず身を投じることができない、バックキャスティングに人生を設計しそこで想定されていないものには目を向けようとしない考え方が批判されていると言える。
タイラーが車のハンドルからわざと手をはなし車線を外れて路肩にクラッシュする上記のシーンは、蓋然性の高い現代的な人生への強烈なアンチテーゼである。